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↓『日本人改造論』ビートたけし著、角川新書、2014)より引用(07)
歌舞伎でもなんでも、一応、伝統の芸なんだけど、その時代、時代でかなり奇抜なことやってるわけじゃない。
その積み重ねで続いてきたんだから、歌舞伎が昔どおりのスタイル守んなきゃいけない理由なんて全然無いと思うんだけどね。
どっかの時代で伝統とかなんとか言い出して、進歩や変化とめちゃうのってなんか変だね。
↑(引用ここまで)
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時代に「傾(かぶ)く」者。
まさに「歌舞伎」の語源も「傾(かぶ)く」というところからきているのですから、「伝統を守る」どころか、逆に現代人どもに「なんて奇抜な恰好だ!」「なんて突飛な物言いだ!」と訝って見られてしまうくらいの「攻め」の姿勢を貫いて欲しい、なんて個人的には思ったりもします。
もっと「傾(かぶ)いて」欲しい、と。
微力ながら私も、時代に「傾(かぶ)く」者でありたいと、周囲から「おかしい」「変だ」「もっとちゃんとしたほうがいいよ」と言われても「自分のスタイル」を貫き、また同時にフットワークや仕事ぶりで周囲に「認めさせる」よう努めています。
「あいつはおもしろい奴だ」と言ってもらえるまで、けっこう時間がかかったりもします(笑)。
とはいえ、「傾(かぶ)く」からには、「ただのワガママ野郎」と評されないよう、つまらない輩をねじ伏せるだけの、それ相応の「仕事ぶり」や「愛想」を振りまいて歩き続けなければなりません。
「他人の目を気にしない」鈍感さと、「周囲から一目置かせる」繊細さのバランス。
「わが道を行く」と、言葉にしてしまえば簡単ですが、実践し続けるのはなかなか大変なものだなあ、と改めて思う今日この頃です。
↓『日本人改造論』ビートたけし著、角川新書、2014)より引用(07)
歌舞伎でもなんでも、一応、伝統の芸なんだけど、その時代、時代でかなり奇抜なことやってるわけじゃない。
その積み重ねで続いてきたんだから、歌舞伎が昔どおりのスタイル守んなきゃいけない理由なんて全然無いと思うんだけどね。
どっかの時代で伝統とかなんとか言い出して、進歩や変化とめちゃうのってなんか変だね。
↑(引用ここまで)
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時代に「傾(かぶ)く」者。
まさに「歌舞伎」の語源も「傾(かぶ)く」というところからきているのですから、「伝統を守る」どころか、逆に現代人どもに「なんて奇抜な恰好だ!」「なんて突飛な物言いだ!」と訝って見られてしまうくらいの「攻め」の姿勢を貫いて欲しい、なんて個人的には思ったりもします。
もっと「傾(かぶ)いて」欲しい、と。
微力ながら私も、時代に「傾(かぶ)く」者でありたいと、周囲から「おかしい」「変だ」「もっとちゃんとしたほうがいいよ」と言われても「自分のスタイル」を貫き、また同時にフットワークや仕事ぶりで周囲に「認めさせる」よう努めています。
「あいつはおもしろい奴だ」と言ってもらえるまで、けっこう時間がかかったりもします(笑)。
とはいえ、「傾(かぶ)く」からには、「ただのワガママ野郎」と評されないよう、つまらない輩をねじ伏せるだけの、それ相応の「仕事ぶり」や「愛想」を振りまいて歩き続けなければなりません。
「他人の目を気にしない」鈍感さと、「周囲から一目置かせる」繊細さのバランス。
「わが道を行く」と、言葉にしてしまえば簡単ですが、実践し続けるのはなかなか大変なものだなあ、と改めて思う今日この頃です。