年齢のせいでしょうか。
大晦日や新年を迎えても、これといって何も感じないようになってしまったのは。


年末も友人たちと集い、モンハンをやったり、子どもらと遊んでもらったりするのは楽しく、嬉しい。
年が明けても、友人たちの口から「お年玉」「お年賀」「初詣」なんて言葉が飛び出すこともなく、時間をみつけては集い、余暇を楽しむ。
ただ、それだけです。


彼らから「あけましておめでとうございます」なんてメールやLINE、ましてや年賀状が届くこともなく、私のところで暮らす子どもらに「お年玉」なんて、いらない金のやりとりも一切ない。
…まあ、そんなものがいらないくらい日頃から顔を合わせている、ということなのかもしれませんし、十数年来の付き合いで、私がそういう不毛なやりとりに違和感を覚えるという性質を、彼らがよく知ってくれているだけなのかもしれません。


彼らと一緒にいるときには、そんなことは特に考えたりもしないのですが(そんな暇がないくらいモンハンやらに明け暮れているだけなのかもしれませんが(笑))、ふと彼らが帰ったあとに、「あいつら、”お年玉”だなんて一言も言わなかったなあ。素敵な連中だ」としみじみ感慨にふけってたりもするのです。


子どもらは、夜も10時になれば「子どもは寝る時間だ」の一声で勝手に布団へ行って寝てくれますし、大人たちは安心して深夜までモンハンができます(笑)。
そんな場面からも、子どもらへの「仕込み」がだいぶ進行していることを確認できます。


年末年始に「特別」な感じがないことが、いいことなのか悪いことなのかわかりませんが、確実に「世間に踊らされない」素敵な人間関係がそこにあることを嬉しく思った正月でした。

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