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↓『子どもの脳によくないこと』小西行郎著、PHP新書、2011)より引用(13)


こんな話を聞いたことがあります。


三歳になる男の子のお母さんでしたが、一人っ子ということもあり、いつも子どもとお菓子なんかをはんぶんこにして食べていたそうです。
ある時、仲のよい女の子と、そのお母さんと四人でドーナツ屋さんに行った時のこと。
その女の子は自分の母親が買ってきたドーナツが気に入らなかったらしく、食べようとしません。
聞いても理由も言わず、ただふくれっ面をするだけ。
その時です。
男の子が、自分が持っていたドーナツを半分に割り、黙って女の子に差し出したそうです。
二人はニコニコしてドーナツを食べ始めました。
この光景を見たお母さんは、涙が出そうだったと私に話してくれました。


↑(引用ここまで)
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先日、3歳児と1歳児を妹のところにお泊まりに行かせたのですが、妹からこんなことを学んで帰ってきました。


「1個しかなかったら、はんぶんこ。はんぶんこできなかったら、じゅんばんこ。じゅんばんこのときは、おさきにどうぞ」と。


帰ってきた晩に、おもちゃの取り合いをしている子どもらふたりに「どうしたらいい?」と尋ねたら、3歳児が急にそんなことを言い出したので、びっくりしました(笑)。


そのとき想起したのが、小西氏のこの話です。
子どもが「どんな人間になって家を出て行ってほしいか」と考えたとき、「待てる人間」「我慢のできる人間」「他人を思いやれる人間」…というあたりは、どなたも異論のないところでしょう。
とすれば、妹のその手法は至極まっとうだなあ、と感心せずにはいられなかったのです。


妹は「この合言葉で、ウチの子どもたちは争い事が激減したよ」と言っていましたが、子どもたちが学校や社会に出て行って、「待つ」「我慢する」「他人のことも考える」ことが、あまりストレスなく普通にできるようになるには、幼い頃からそういう「訓練」をして然るべきだよなあ、と思わされました。


ほかにも、「咳やあくびのとき、口に手を当てる」とか、「玄関先で靴を揃える」とか、細かいことですが、「こんな大人になってほしい」「こんな”まとも”が育ってほしい」と思うのなら、幼い頃から「訓練」させて然るべきだよなあ、と思うのですが、これも私自身、妻から学んだことです。
…「訓練」の甲斐あってか、1歳児も帰ってきたら、当然のように靴を揃えて「ただいま」と言います。
「あたりまえ」と思わせちゃえば、何のストレスもなくやっているようですから、おもしろいものです(笑)。


しかしそう考えると、「必ず”ハイ”と返事をさせる」「ありがとう、こんにちは(こんばんは)、いただきます、と挨拶させる」「挨拶のときは相手の顔を見させる」など、気づくことはできるだけ習慣化するよう「訓練」させてはいるのですが、妹や妻の指摘がなければ先述した「思いやり」や「マナー」のようなことは抜けていたわけですし、つくづく「ひとりで抱え込んで育児はできんよなあ」と思わされたのでした。


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