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↓『子どもの脳によくないこと』小西行郎著、PHP新書、2011)より引用(10)


一方で、叩かない方針のお父さんやお母さんは、その場合、言葉で理詰めによって、言って聞かせようとします。
いつもこうだとどうでしょう?
それこそ、評論家のような理屈っぽい子どもに育ってしまうのではないでしょうか。
後にも述べますが、最近、特に多いですね。人ごとのように自分のことを話す子どもが。
「あなたのことなんだよ」そう言いたくなるような子どもがいます。


↑(引用ここまで)
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私もけっこう「○○だからダメだ」「○○だからこれはいいよ」なんて、いちいち理由をつけて子どもを諭すほうなので、「理屈っぽい子どもに育ってしまわないように」と気をつけています。


子ども自身が、ある程度「納得して」叱られることが原則だとは思いますが、ときには「ダメなものはダメだ!」と問答無用で一蹴するパターンもはさんでいかないと、小西氏も指摘するような『人ごとのように自分のことを話す子ども』になってしまう危険性は大きいのではないかと思うのです。


というか、これは何も子どもに限ったことでなく、世のおっさんやおばはんの多くが、そうですよね。
「自分だけがわかったような口ぶりで話す」おっさん然り。
「自分のことは棚に上げて、ワイドショー番組に毒づく」おばはん然り。
…「オマエは何様やねん?」とツッコみたくなることは多いですもん。


その「自分だけがわかったような」語り口に感じる「違和感」「サブい感じ」の要因はおそらくふたつ。
ひとつは、「自分は間違っているんじゃなかろうか」という自己懐疑や向上心の欠如。
もうひとつは、「聞く人への配慮」、もっと言えば「サービス精神」の欠如。
…「自分は正しい、自分だけは斜めからものが見れている」「自分がしゃべりたいからしゃべる」人の話って、つまらないですもんね。できれば聞きたくない(笑)。


とはいえ、明日は我が身です。
「オマエも自分だけが正しいと思ってしゃべってるやろ!」「聞く人の気持ち考えてしゃべってる?」なんてツッコまれないよう、自分の立ち位置のバランスを考えながら、話の端々に「笑い」や「オチ」をはさんだりして、気をつけて話すように心掛けています。


「評論家」のような子ども、「評論家」気取りの大人、そのどちらも多いと感じ、今回こう書きました。


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