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↓『自分を愛する力』乙武洋匡著、講談社現代新書、2013)より引用(01)


僕の幼少期の話を聞くと、変わっていたのは身体のカタチだけではなかったようだ。
とにかく、寝ない子だった。夜泣きが激しく、ときには母が夜中におぶって散歩に連れ出したほど。
後年、父から、「あの頃はたいへんだった。オレは、よくおまえを絞め殺さなかったと思うよ」と冗談を言われるほど、両親をひどく困らせていたようだ。
ちなみに、親戚のあいだでは、「一日に三時間しか眠らなかった」と言われるフランスの英雄にちなんで、”ナポレオン”とあだ名されていたようだ。


さらに、僕はとにかくミルクを飲まない子だったらしい。
育児書と照らし合わせても、僕はその時期に飲むべき量の半分も飲むことができなかったのだそうだ。
「これでは、栄養が取れない、成長できないのではないか――」
睡眠時間の件も合わせ、僕の発育に関して、母はずいぶんと頭を悩ませていたらしい。
だが、悩みに悩んだ末、あるとき、吹っ切れたという。
「この子は、生まれたときから”超個性的”だったのだ。いまさらほかの子と比べたって仕方ない」
そこから、育児書のなかにある「平均」や「標準」と比べ、一喜一憂することはなくなったという。


周囲に「手も足もない子」などいなかったからこそ、僕はだれかと比べられることなく、あくまで、僕を基準に育ててもらうことができた。オリジナリティを大切にしてもらうことができた。


むずかしいことはわかっている。
それでも、僕らが「平均」や「標準」というモノサシを捨て、その子なりの特性や発育のペースを尊重してあげることができたら――きっと、幸せな子どもが増えていくと思うのだ。


↑(引用ここまで)
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私の経験上、特に女性は、わが子の発育が「平均」や「標準」におさまっているかどうか、気にしすぎるように思います。
それこそ、「うちの子はミルクを飲まない(飲みすぎる)」とか、「うちの子は夜泣きがひどいんじゃないか」とか。


そんな場面を見るたび、また耳にするたび、私はこう言ってやりたくなるのです。というか、実際に言っています。
「気にしすぎだ。子どもに意識を向けすぎるのは、子どもにとっても、あなたの精神衛生にとっても、非常によくない」と。


子どもの「自己肯定感」「自分はここにいてもいいんだ」を作ってやるために、そりゃある程度、子どもに寄り添ってあげることは私も意識的にやっていますが、適度に「いつもおまえのことばかり考えているわけじゃない」「おまえ中心に世界が回っていると思うなよ」という態度もとって、「分を弁える」ことも教えてやらないと、勘違いした人間に育ってしまう危険性があると思うのです。
恋愛といっしょですね(笑)。
「好き好き」ビームも出しながら、「自分にも都合がある」ことも相手にわからせる、「ちょうどいい距離感」を保つようにしないと、どちらかが調子に乗ったり、依存したりしてしまいますもんね。


また、そうしてあえて自分の意識を「子ども以外のところ」に向けることで、仕事に趣味にある程度忙しくなることで、子どものそんな些細なことにかまってやっている暇はなくなってきます。
子どもが多少熱を出そうが、ワガママを言おうが、いい意味で「いいかげん」に対応できるというか、「過保護」な対応をしてしまうことも少なくなってくると思うんです。
そして、「このくらい大丈夫やろ」「ちょっと今忙しいから黙っといて」なんてじゃけんに扱っていればいたで、子どもの熱なんて3~5日で下がるし、親に相手にしてもらえなければ諦めてひとりでけっこう楽しそうに遊んでいたりするもんですよ。


つまりみなさん、特に主婦(夫)は、「暇」だから、「子どもと向き合える時間が無駄に多すぎる」から、ちょっと熱を出したくらいですぐに病院に連れて行くし、泣いたりワガママを言ったりしたら、すぐに抱いてやっちゃったりするんです。
そりゃ調子にのっちゃいますよ、子どもは。
「いつも自分を一番に考えてくれる」「自分は家庭の中で一番注目されている」と勘違いしちゃいますよ、子どもは。
「泣きわめけば、ワガママを言って気を引けば、抱っこしてもらえる」と大人をナメちゃいますよ、子どもは。
…「暇」が「過保護」を生み、「過保護」が「調子に乗った子ども」を育てるんです。
不幸ですよ、「幸せ」を感じられるハードルが高くなってしまった人間は。
「してもらえない、かまってもらえないのがあたりまえ」の人間は、なにかしてもらっただけで「幸せ」「ありがとう」を感じますもんね。


子どもは、かわいいです。
私だって、子どもが熱を出したら「深刻な病気だったらどうしよう」とハラハラしています、本当は。
子どもが泣いたらうるさくてかなわんし、抱っこしてやりたくなります、本当は。


でも、私は子どもを簡単に病院には連れて行きません。現代の病院はどうせ薬物療法です。「投薬」は即効性があって親を安心させてくれますが、子ども自己治癒力を下げる危険性も大いにはらんでいます。
というか、体内の細菌やウィルスを殺すために熱は上がるのですから、その熱を安易に下げちゃダメですよ。必要だから、熱は上がっているんです。少なくとも3日は、熱によって殺菌させてやらないと。黄色い鼻水を出すまでがんばらせてやらないと。
うちの2歳児も0歳児も、これまで何度も熱を出し、私が仕事中に保育園から電話があって迎えに行きましたが、安易に病院には行きませんでした。それでも、長くて5日も経てば、熱は下がります。病院に行く必要なんて、ないんですよ。…とはいえ、私が仕事を急に休んだりするのは、方々に迷惑をかけて大変でしたが(笑)。


「育児は、片手間にやるくらいがちょうどいい」。
子どもの「幸せのハードル」を下げてやるためにも、自分の精神衛生上の健康のためにも、そう断言しておきます。


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