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↓『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』川口マーン惠美著、講談社、2013)より引用(04)
また、アンケートによると、ドイツで働いている人の三分の一が、同じ時間内にこなさなければいけない仕事がどんどん増えていると感じている。
確かに、それはあるだろう。ドイツ人の労働時間は短く、しかも賃金は高い。おまけに、社会保障費も高い。
社会保障費の半分は雇用者が負担しなければいけないし、労災保険は全額負担しなければならないから、雇用者側は、当然、できるだけ従業員を増やさずに、労働効率を上げようとする。
つまり、同じ時間内にこなさなければならない仕事がだんだん増えていっても不思議ではないのだ。
(中略)
日本に帰ると、元気そうなお年寄りが、スーパーの駐車場の前で車の誘導をしている姿をよく見る。
リタイア後のアルバイトだろうが、ドイツなら絶対にドイツ人のしない仕事だ。
こういった仕事を日本人がしているという事実が、どんなに素晴らしいことかを、日本人はもっと自覚すべきだ。
そのうえ日本の労働現場は、幸いなことに、合理化だけに縛られていない。
ホームに立って乗客の安全を確認する駅員とか、駐車場へ出入りする車の交通整理をする係員とか、工事現場の横で歩行者が安全に通れるよう誘導する人など、ドイツ人が聞いたらびっくりするような仕事も多い。
ドイツなら、こういう職は経費のせいで絶対に消えているはずだ。
↑(引用ここまで)
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おそらくドイツだけでなく、日本でもご多分にもれず、「合理化の波」
は押し寄せてきているように感じます。
私の職場でも、事務員の数が年々ひとり、ふたりと減ってゆき、ついには近年、我々従業員全員が、今まで事務員の方が取り次いでくれていた福利厚生や諸手当の手続きを、仕事の合間を縫って自分自身の責任でやるようお達しが出ました。
これでますます、従業員が本来の業務以外でパソコンの画面に向かっている時間が増え、コミュニケーションがとりづらい職場になっていくことでしょう。
…こんなことは、どこの会社でも自分でやってるよ、当たりまえだ、なあ~んて怒られちゃうかもしれませんけど(笑)。
さらに、私の職場では、従業員の数自体も年々減らされ続けているうえに、新たに、年度初めの計画書を出せだの、報告書を出せだのと、従業員ひとりあたりにのしかかる雑務が、じりじりと増えていっているのも実感しています。
川口氏は、日本の良い面ばかり持ち上げてくれているようですが、そんな日本の「サービス」に特化した仕事も、「合理化の波」にさらわれ、徐々に無くなっていってしまうのではないでしょうか。
私個人としては、時間的・精神的「ゆとり」が、後々仕事が通りやすくなるような何気ない会話を生んだり、誰かの悩みに気づいてあげられたり、仕事上の問題点に気づけたりするようにしてくれていると思うのです。
お客さんや取引先とのちょっとの無駄話すらままならないような「ゆとり」のなさというのも、なんだか殺伐とした雰囲気でやりづらいですし、そんな状況では新しいサービスや企画を考えるのも面倒くさくなってしまうよなあ、と危機感ばかりが募ります。
