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↓『ニッポンを繁盛させる方法』島田紳助・東国原英夫著、角川書店、2007)より引用(06)


島田:何にせよ、「改革」と言っても、全員が理解して、納得するような改革だったら、それは改革じゃない。
みんなの賛同を得て、全員で動くというのはとうてい無理な話。
それができていたなら、国の政治が衰退することなんてなかったはずや。


やっぱり全員が理解はできないことをやり遂げて、初めて改革者となる。
芸能界もそうやろ? 偉くなるやつって、最初は周りの人が理解できないことをする。


↑(引用ここまで)
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「改革」と「みんなの賛同を得る」ことは両立しない。


いつまでも「みんなの賛同を得る」ことばかりに気を取られていては、新しいことは何もできない。


…言われてみればあたりまえの話だと思うのですが、昨今の風潮はだいぶ「みんなの賛同を得る」方向に偏っているように感じます。


政治家のしゃべり方ひとつから、企業のキャッチコピー、我々日本人の考え方に至るまで、「誰からもクレームが来ないように」「炎上しないように」という傾向が度を超えてきている、と感じるのは私だけでしょうか?


大量生産されるチキンナゲットに不純物ひとつ混入したら大問題にされるんですよ?(笑)
そりゃいくらなんでも要求しすぎですって。
何千、何万と機械生産される工程で金属片のひとつもそりゃ入りますって。
でも、企業の姿勢としては、「今後そういったことはゼロにします」と万人向けのセリフを言うしかないわけです。


政治家だって、そんな世情では「無難に、無難に」前例踏襲をベースに行くに決まっています。
一部の団体が、さも「これが世論だ」みたいな顔をしてツイッターを炎上させれば、ニュースで大々的に報道してくれますもんね。
そんな中で、「構造改革だ」「税制改革だ」とか何とか言っても、たいした「改革」にならないのは目に見えています。
国民からすれば「前と何が変わったの?」「どこが政権をとっても一緒」と失望感を持って当然でしょう。
「改革」という言葉の価値は、薄れる一方です。


だから、「異物混入」だとか「不適切な発言」だとか、そんな本質的でない話にいちいち目くじら立てるの、やめましょうよ。
日本の借金はふくれあがる一方で、経済成長も頭打ちになり、生産性ではアジア諸国に追い抜かれ、超高齢化社会に突入するんですよ?
「みんなの賛同を得る」ことばかりに重きを置いたこの風潮に歯止めをかけないと、やるべきときに批判が怖くて何もできない腑抜けな国になっちゃいますよ? …もうなってるか(笑)。


「みんなに理解されなくても、自分は三歩先を行く」姿勢に理解を示せる世情をつくっていきたいと、最近特に思うのです。


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