最近、よく思うのですが、「結婚」=「幸せ」だとか、「ゴールイン」だとか、「結婚」(とそれに付随する「育児」)にフワフワとした短絡的なイメージだけで誘導する芸能ニュースやテレビCMには大罪があると思います。


私はこの場でも私生活でも、「結婚や育児」=「あってもなくてもいい人生の負荷」だと言い続けてきましたが、「結婚」「誰かと共同生活すること」は、「衣食住に関する終わりのない雑務を、気付いた人間がやっておく。気付かなかったり見て見ぬふりをすれば、誰かにやらせることになる」ことの連続だと思うのです。


朝起きて朝食の用意から、それに付随する洗い物。
洗濯→物干し→取り込み→たたんでタンスへ、という半日かかる作業。
夕食の用意、それに付随する米研ぎ・買い物・洗い物、乾いたら棚へ入れる作業。
キッチンや部屋、トイレの掃除、風呂や寝床の準備。
子どもがいれば、保育園の送迎・連絡帳やオムツや着替えの準備、生まれて2カ月後から毎月ある予防接種、朝食を用意して食べさせる、夕食を用意して食べさせる、挨拶や食べ方の躾、トイレトレーニング、遊んでやる、寝かしつけ。


…などなど、これらの作業を「誰か」がやらなくてはならないのです。
というか、シングルファザーやシングルマザーは、これら全てを当たり前のように毎日こなしているんですもんね。
これを「女の仕事だ」と言って、専業主婦として家庭に押し込んで全てやらせることは、前時代的というか、「それは”お手伝いさん”やんか」とツッコまずにはいられないというか、少なくとも私の感覚では、それは他人にやらせられません。


というかむしろ、「その”作業”こそが”結婚する”ということなんとちゃうか?」「その”作業”が味わいたくて、”結婚”に飛び込んだんとちゃうんか?」とすら思うのです。


「結婚」「共同生活」は、実家暮らしやひとり暮らしでは味わえない「作業」と「苦労」、「誰かのためにやっておく・やってもらう」を自ら味わいに行く、「大人の楽しみ」と言っていいのではないでしょうか。


自分のことで手いっぱいな「子ども」には無理ですよね。だって、「誰かのために何かをする」という滅私奉公的な行為を「楽しい」と思えないのですから、あえて飛び込む必要もありません。
「苦労がしてみたい」「もうちょっと生活に”負荷”が欲しいなぁ」と思う、ゆとりある「オトナ」だけが、「結婚」「共同生活」に飛び込めばいいと心底思うのです。


だからといって、別に「結婚している者が偉い」わけでもありませんよね。
フルマラソンや富士登山にチャレンジして自ら「苦労」に飛び込む人を見て、「すごいなぁ」と思うことはあっても、「チャレンジしない人はダメな人」というわけでもないのと同じことです。


…とはいえ、私が見るところによると、特に男性は、「結婚」に自ら飛び込んでおきながら、すすんで「苦労」を楽しんでいる人は少ないように思います。
結婚前・同居前と同じ、「仕事」中心の生活スタイルが続くと決め込んで「結婚」に飛び込んでいる人がいまだに多いことは、想像に難くありません。


炊事・洗濯・掃除(+育児)のメインの責任者は女性で、自分は気が向いたときに手伝う程度で「イクメン」「自分も家事はやっている」などとうそぶく。
女性を「お手伝いさん」扱いして家庭に押し込めている自覚もなく、「仕事が忙しいんだから」「自分が稼いでいるんだから」と開き直り、自分の生活リズムは結婚前と変わらない・変えるつもりもない。


…だったら、なんで、何がしたくて「結婚」に飛び込んだんだ? と言ってやりたくなります。
「”苦労”を楽しまないで、何が”結婚”だ?」「”結婚”というステータスが欲しかっただけじゃないのか?」と。


(注)私は「結婚」という制度は「男性が、セックス付きのお手伝いさんを無料で雇う」ことが起源の、過去の遺物だと思っているので、「結婚」はしてもしなくてもいいと考えています。
「結婚」という表現を、それぞれ「同棲」や「共同生活」と読み替えてもらって構いません。


だから、冒頭で述べたように、「結婚」=「幸せ」だとか「ゴールイン」だとか軽々しく口にする輩を見ると、虫唾が走るのです。
「結婚」=「滅私奉公的な苦労を楽しむ」とちゃうんかい、と。
その表現は、「誰かのために何かをする」ことに「楽しさ」を感じられないガキどもに、覚悟せず「結婚」に飛び込ませるだけやぞ、と。
結局は女性に「お手伝いさん」をさせておきながら、「”結婚”ってそういうもんでしょ?」と物知り顔の男どもばかりなのに、別に飛び込まなくてもいい「結婚」に女性を走らせているだけやぞ、と。


「自分がシングルファザーだったら」と常に自問し、率先して「苦労」を楽しむ自覚のある私など、少数派であることは理解しています。
21世紀になった今でも、「結婚」が「男がセックスつき家政婦を無料で雇う」ことを意味していた時代の名残りを大きくはらんでいる現状も、理解しているつもりです。


でも、だからこそ言いたいのです。
「結婚」=「幸せ」って言うの、もうやめましょ?
「イクメン」なんていう流行り言葉を吹聴して、「家事の”協力”も中途半端、仕事も中途半端なやさ男」「家事でも仕事でもメインを張れない、女性に媚を売ってモテようとする軟弱男」を量産するの、やめましょ?


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