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↓『ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する』島田紳助著、幻冬舎新書、2007)より引用(03)
もっと言えば、業界の常識というものには、一般人からすれば不合理な、理屈に合わないものがたくさんあるのだ。
その常識に惑わされずに、どうすれば成功するかを自分の頭でよく考えた結果として、常識はずれのビジネスが生まれるというだけのこと。
成功している人は、最初から常識はずれを狙っているわけではない。
業界の常識には、理屈の通っているものもある。
そういうものまで、否定しているわけではないのだ。
ただ、これが常識だからといって、それが本当に正しいかどうかを考えずに単純に従っているだけでは、本当に成功することはできない。
そこから新しいことは何も生まれないと言いたいのだ。
そういうわけで、常識はずれのビジネスをしている人は、例外なくきわめて合理的な考え方の持ち主でもある。
別の言い方をすれば、彼らが変な人に見えるのは、あまりにも合理的で筋が通っているからなのだ。
普通の人は、自分の考え方が世間の常識に反していると、不安になる。
けれど彼らは、それをまさしくビジネスチャンスだと思う。
常識に反しているということは、誰もそれに気づいていないということだ。
なんでも人と違うことをやればいいというものではない。
人と違うことをするのは、たとえ誰も認めてくれなくても、合理的に考えて自分はそれが正しいと信じるからなのだ。
↑(引用ここまで)
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周りがみんなスーツを着ているのに、自分だけ私服だと、『不安になる』。
周りがみんな行列に並んでいるのに、自分だけ列からはずれていると、『不安になる』。
何もビジネスに限らずとも、紳助氏の言う『普通の人は、自分の考え方が世間の常識に反していると、不安になる』類のことは、日常生活のあちこちに転がっています。
そして、「周りに合わせてスーツを着る」のか、「周りに合わせて行列に並ぶ」のか、「”今、これが流行しているから”でそれに乗っかる」のか、そこであなたが選ぶ選択肢の積み重ねが、「あなた」という人の生き方・立ち振る舞いのレベルを決めていくのです。
そしておそらく、「なんであいつだけスーツ着てないんだよ」という凡人の陰口を気にも留めず、行列にも並ばない、「あっけらかんとした態度」を身につけてきた者だけが、いい意味で「常識はずれ」、「突出した者」と呼ばれるようになると思うのです。
…正直な話、私はけっこう気を張って「あっけらかんとした態度」を取ろうと努めている方だと思います。
内心、周りの目がけっこう気になっているときでも、それは外に出さず、「人は人、自分は自分でええやんか、周りは黙っとけ!」という強気の態度を取るようにしています。
天然モノでない、作られた「常識はずれ」ですね(笑)。
でも、凡人にすぎない私が、集団に埋没しない「常識はずれ」であるための、唯一のやり方だとも思っています。
自分の中では「自分くらいは、周囲に迎合しない、素敵な”頑固オヤジ”という役回りでいたい」というポリシーでやっているのですが、周りに白い目で見られながら、毎日それを貫いて歩くのは、けっこうしんどかったりもします。
「人と違う」「個性的」と他人に言われ悦に入る、自分の話や自慢話ばかりの(悪い意味で)「変わり者」のおっさんやおばはんには、何の「突出」も感じませんが、せめて、「周りと違うことをする”不安”」と戦い続けようと思う、今日この頃です。
