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↓『本能の力』戸塚宏著、新潮新書、2007)より引用(12)


このように群れのために身を投げ出すのは、主に男性が持っている本能です。
女性は、火の中に飛び込んで自分の赤ん坊を助けるといった本能はありますが、男性と比べればずっと範囲の狭いものです。


男性は本能的に強くなろうとします。なぜ「強さ」を志向するのか。
それは自分のためだけではない。群れを守るためなのです。


女性には、ここがよく理解できないようです。
多くの場合、女性は本能的にもっと狭い社会、たとえば家庭のことにしか関心を示しません。


そのため、大学受験の勉強をしている息子に向かって「あなた自身のためでしょう」という叱り方をするのです。
この物言いでは、実は男の子を納得させることはできません。こんな反論が可能だからです。
「自分のためだということは、僕はもう勉強しなくていいやと思っている。こんな面倒なことはしたくない。そこそこの大学に入れればいいし、万一、入れなくてもアルバイトをしていれば、死ぬことはないじゃないか」


本来、彼が勉強し、成長するのは決して彼自身のためだけではありません。
もちろん、そういう面はあるものの、「社会のため」という側面もあるわけです。つまり、群れのためです。
そしてこのことがうまく理解できると男性は納得しやすいのです。男の子の場合、その部分を刺激してやるべきです。


そんなことを現代っ子に言っても無駄だ、と思われるかもしれません。
しかし、今も昔も、男の子が好きなマンガや映画は似たり寄ったりではありませんか。
己を捨てて、チームや社会、国のために働くヒーローは常に高い人気を誇っています。
男の子は、それこそ本能的に群れを保存する本能を発揮しているものにお惹かれるのです。


↑(引用ここまで)
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成長する、「大人」になる、ということは、自分や家族や群れ(社会)を守れるようになる、ということです。
何かに「責任」を持って、自分だけでなく周囲も守ってやれる「強さ」を持つということです。
それは現代人的な目線で見れば「損」なことかもしれませんが、それが「コドモから”大人”になる」ということなのではないでしょうか。


岡田斗司夫氏はその著書『オタクはすでに死んでいる』(新潮新書、2008)でこんなことを言っています。


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家族や恋人や同僚や、上司や部下や、それどころか電車で同じ車両内にいるだけかもしれない、見知らぬ誰かの「子供な部分」というのは、その場にいるあなたの「大人な部分」でケアしてあげるしかない。
その代わり、あなたの「子どもな部分」は自分では気づかない、いろんな人たちの「大人な部分」できっと保護してもらえる。
もちろん「誰かのケアをするのは損」でしょう。損がイヤだから、面倒は見てもらうけど見たくはない! その気持ちもわかります。
「見てもらった分だけ返すならいいんだけど、どうせ損するだけ」
ハイ、その通りです。
でも、そういう「一方的な損を引き受ける覚悟」を大人と言うんですけどね。
「一方的な得だけ、要求する根性」を子供っぽい、と言うんですけどねぇ。
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親(保護者)だったり、教師や新人研修担当だったり、教育的な立場に立ったことのある人なら、子どもや若者に対して、特に意識せずとも『一方的な損を引き受ける覚悟』が多かれ少なかれ自分に備わっていたことを理解していただけるのではないでしょうか。
挨拶の声が小さい、ゴミを見かけても拾えない、席を立っても椅子を入れない、などなど、「こいつ、ガキだなぁ」と思うことがあったら(子どもだったら、そりゃ当り前なのですが)、注意してやる。「すみませんねぇ」と周囲に声かけし、フォローしてやる。
そして、何か大きな粗相をしでかしたら、子どもや若者自身ではなく、親や上司である自分が「責任」をとらなくてはいけませんよね。他人に頭を下げるのは、監督者である自分です。


でも、「そいつがどう思われようと、知ったこっちゃない」「自分は自分のことで手いっぱい。他人の責任なんか、とりたくないよ」というスタンスをとった途端、それは「親(保護者)」「教育者」とは呼べませんよね。
「自分のためだけに生きて何が悪い!」と開き直ってしまった瞬間、私たちはワガママな「コドモ」になってしまう、と言っても差し支えないのではないでしょうか。
…とても「みんなのために滅私奉公するヒーロー」とは呼べないですよね。


己を捨てて周囲を助ける「ヒーロー(大人)」になりたいと思うか。
そんなのめんどくさい、他人に「ガキ」と思われようがコドモのままでいたい、と思うか。


「教養」を身につけたり、向上心を持ち続けたりする鍵は、どうやらそのあたりにありそうです。
子どもや若者の「やる気スイッチ」を、どう押させてやるか。もちろん、私たち自身も例外ではありません。
戸塚氏がヨットスクールで試行錯誤してやってきていることの妙が、垣間見えた気がします。


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