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↓『本能の力』戸塚宏著、新潮新書、2007)より引用(04)


子供は親の計算どおりに育つわけではありません。
だから、どんなにきちんと育てても、三歳から小学生くらいの間は、ときどき言うことを聞かず、あえて親に逆らうようなことをします。
理性を作っている段階にある子供は、時に逸脱した行動を取ります。
彼らは「どこまで自分の自由になるのか。どこまでの行動は許して貰えるのか」ということを経験的に知ろうとしているわけです。
これを「罰を請う行動」と言います。


時には、言葉で言い聞かせるだけでは駄目な場合もあります。
そのときに、きちんと体罰をして注意すればいいのです。ただし、それまでに親子の間に上下関係が構築されていないといけません。


たとえば親に憎まれ口を叩く、言うことをきかない等、どんなにいい子でもその程度の反抗はするものです。
これが「罰を請う行動」です。
そういうときに口で叱っても言うことをきかなければ、体罰を行うのです。
ただし、くれぐれも後々ダメージが残るようなものではなく、痛みもそのときだけで治まるようなものにすべきでしょう。


↑(引用ここまで)
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友人関係にせよ、恋人や夫婦にせよ、親子関係にせよ、『どこまで自分の自由になるのか。どこまでの行動は許して貰えるのか』というボーダーラインのせめぎ合いは、日々いたるところで行われている、と私は考えています。


友人や同僚が、昨日個人的に話したことを周囲にベラベラ話している。指摘しても、「そのくらい、別にいいじゃん?」。


彼女が「今日は帰らないで」とかなんとか言う。「明日も仕事がある」と言っても、自分の意見を通そうと怒ったり、泣いたりする。


子どもが「あれ買って」などワガママを言ってくる。「ダメだ」と言っても、自分の意見を通そうと泣き叫ぶ。


…どれも、「許される」ボーダーラインを探る『罰を請う行動』と言えるでしょう。
大げさに言えば、こちらの出方によっては、そいつとの今後のパワーバランスがそこで決まってしまうような、小さな決断の連続です。


その現場で、黙って言うとおりにしたり、あやしてごまかしたり、「いい顔」をしてしまうから、その行為は次からも「やっていいこと」になってしまうんですよ。
お互いのパワーバランスが「ワガママを押し通す」側に傾いてしまうんですよ。


日々、こんな小さな「ボーダーラインの押し引き」に、あなたはどう対処していますか?
自分で自分の過ごしやすい生活環境を作っていくと考えれば、「まあいいか」と「それはアカンやろ」を自分の基準で取捨選択していくしかないのです。


10代の頃、友だちのワガママを聞き、彼女の言いなりだった自分を思い起こすと、「ボーダーライン押されっぱなしで、自分の陣地など全くなかったなあ(笑)」と、日々の何気ない会話にも「ボーダーラインの押し引き」を意識してしまうのです。


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