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↓『いつも心に紳助を』島田紳助著、小池書院、1996)より引用(11)


嫁さんともいろいろ話したんですよ。テレビの島田紳助に必要なキャラクターとしての、その色っぽい部分の葛藤について。
そういうこと、もうやめようかな、どうでもいいなあ、という気にもなって。きついなあ、って。
結構本質はマジメなほうやし。もう、普通でエエかな、と。


だけどそれは、野球選手で言うたら、決め球の一球、たとえばフォークボールはもう投げない、って決めることなんですよ。
芸の幅を狭める、ってことです。
芸能人やってる限り、それはありえないですよね。


「ぼくは家族が一番大事で、彼女作るなんて考えられません」
と言いながら、トーク番組で、
「不倫してるんですか?」
って人に聞いても、誰がホントのこと言います?


いようが、いまいが、「彼女おんねん」と言い続けないとね、やっぱり。


↑(引用ここまで)
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真面目な言動、真面目な格好を地道に続けることは、大切なことだと思います。誰に対しても失礼のないように、信用を積み重ねることですから。
ただ、立ち振る舞いの選択肢がそれしかない人間は、『芸の幅を狭め』ている、とも思うのです。
…私は別に芸人ではないですけど(笑)。


私がもし、この場で毎週話しているような四角四面なことばかり口にして生真面目に生活していたら、下世話な下ネタや、くだらない失敗談なんかを、私に誰も話してこないでしょう。
「この人、冗談通じないんじゃないかしら」「こんなくだらないミス、”それでも大人か”とか怒られそう」って。


本当に冗談が通じるか以前に、「冗談が通じそうか」「ふざけた一面もある」という雰囲気や物腰を持っていることって、意外に大事なことだと思うんです。


ある種の「不真面目さ」を日ごろから演出することは、その人のトークの幅、説得力、人付き合いの幅を広げると、心底思うのです。


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