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↓『毒舌訳 哲学者の言葉』有吉弘行著、双葉社、2012)より引用(05)


冗談が通じないのか、マジメなのか、不粋なのか、賢すぎるのか、あるいは単なるバカなのか……世の中、遊びがない人が多いと思うんですよね。


たとえば、プロレスファンは何十年と、そういう輩と戦ってきたわけです。


「今の本当に痛いの?」とか「わざと倒れたでしょ?」やら「どっちが勝つか決まってるんでしょ?」等々……しまいには禁断(?)の「八百長でしょ!」発言。


そんな輩に、プロレスファンは笑って大人の対応。そりゃまあ、ある程度プロレスの裏事情ぐらい知ってますよ、ホントかウソかぐらいは。でも、そこで、プロレスラーがリング上で敵のレスラーに向かって発する、「テメーコノヤロー! ぶっ殺してやる!」を聞いて、
「おー怖ぇー! マジだぜ」
と乗っかるわけですよ。ここで乗っかるかどうかが大事なわけで。


プロレスラーの「ぶっ殺してやる!」と、お笑いの「昨日おもしろいことがあってなー」はまったく一緒。乗っかると、そこからおもしろいことが始まるわけで、「ウソでしょ」と言ったら、そこで終わり。とりあえず乗っかっとけば、何かおもしろい展開が待ってる。


だからホントかウソかなんてどうでもいい。なんならウソのほうが良し!


「事実は小説より奇なり」なんてダメ。「ホラ話は事実より笑える」、これがベストです。
相手のウソに乗っかって笑えるぐらいの余裕を持ってほしいです。


↑(引用ここまで)
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…『相手のウソに乗っかって笑えるぐらいの余裕』、ないですよね~。


学校でも会社でも、今のご時世どこを見渡しても、誰が見ても不快に感じないよう、誰からもクレームが来ないよう、これでもかというくらい不特定多数の他人に配慮して、自衛しようとする(せざるを得ない?)風潮を強く感じます。…こんな「はみだし者を許さない」風潮に危機感を覚えているのは私だけでしょうか?


政治家が、ありきたりの言葉を使って、無難にしゃべる。
確かに、その一挙手一投足が多くの国民の目に晒される以上、ある程度の「一般向け」の語り口は仕方ないでしょう。
でも、その人の人間性までつまらなく見せてしまうほどの「無難トーク」は、「逃げ」すぎだと思うのです。
また逆に、政治家にそんなトークばかりさせてしまう、国民の「遊び」のなさ、許容量のなさもどうかと思うのです。


テレビのバラエティ番組で、「この○○は再利用しています」なんてテロップが流されるのを見るたび、そんな日本人の「遊び」のなさに危機感を覚えてしまう今日この頃です。


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