先日、「結婚したい」と言っていた女性の話のつづきです。


私は、彼女と話したあと、こんなことも考えました。
世の母親のほとんどは、学校で言うところの「クラス担任」だと。
すると父親の多くは、そのクラスの「副担任」といったところでしょうか。


専業主婦にせよ、仕事をしているにせよ、一番子どもと多く接し、炊事・洗濯・掃除のメインを張っているのは「女性」である場合が、まだまだ多いのが日本の現状ではないでしょうか。
だから、「子どもたちの監督責任者」といえば、やっぱりそれは「クラス担任」みたいなもんです。
「副担任」である父親は、そのサポートにすぎない。
「家事に協力的」「育児に協力的」「風呂に入れるのは父親の仕事」…こんな言葉のどれもが、父親が「サポート」であり、「メイン」を張れていないことの表れではないでしょうか。


で、私は、世の男性では珍しく(?)「自分がクラス担任(責任者)をやりたい」と言い出したと。
そして、そんな私の日常を知る彼女だからこそ、「私の彼氏もそんなふうに”協力的”でいてくれないだろうか」と思ったのかもしれません。


しかし、それは見誤っています。
私はパっと見「超~協力的な副担任」「こんな副担任が欲しかった!」(笑)なのかもしれませんが、そのつもりは毛頭ありません。「自分こそがクラス担任」のつもりでやっているのです。


そしてそれは、私が「妻にクラス担任をやらせてあげていない」ということを意味しています。
周りの母親連中が皆、愚痴を言いながらも「クラス担任」をやっている中、「自分はろくに家事・育児をやらせてもらっていない」「自分が産んだのに、家事・育児の”苦労”をあまり味あわせてもらっていない」という「逆ストレス」はかなり妻を苦しめているだろうと想像しています。…そんな私の勝手を受け入れてくれている、彼女の懐の大きさにはただただ頭が下がります。


そういう意味では、世の母親どもは、「○○してくれない」「所詮男は…」と、家事・育児・ダンナの愚痴は言うくせに、その実「クラス担任」の座は手放したくないと思っているのではないでしょうか。
それは、「結婚したい」と言う彼女も然りです。
「結婚」するにあたって、「○○は手伝ってよ」「子どものオムツくらい替えてよ」と男に注文はつけるくせに、いざ男の方から「じゃあオレが家事・育児の全部をやるよ。キミは仕事のことだけ考えていればいい」なんて言われたら、「えっ? 私は家事・育児に関われないの?」と突然「副担任」を宣告されて戸惑うことは、想像に難くありません。


だから、私は彼女をはじめ、「結婚」を口にする女性たちに言いたい。
「”クラス担任”をやる覚悟はあるのか?」もしくは、「”副担任”に甘んじる覚悟はあるのか?」と。


「自分でひとりで”クラス担任”をやるなんて荷が重くてイヤだけど、”副担任”で子どもにあんまり関われないのはそれはそれでイヤ」だなんて、まるでガキのワガママです。
ハナから副担任を頼りにしている「クラス担任」なんて、私がそこの子どもだったら、そんな大人についていきたくないですし、「うちのダンナって何もしてくれないのよ」と副担任の使えなさを愚痴る「クラス担任」なんかも、尊敬できません。
…「クラス担任」やるんだったら、自分自身の面倒も、子どもの面倒も、責任もってきっちり見ろや。
…「副担任」やるんだったら、そこそこ「いいサポート」をしてあげて、そのぶん「仕事」や「趣味」に力を入れろや。


自ら「苦労」を買って出て、「クラス担任」をやるのか。
「仕事」や「趣味」を充実させてもらって、「副担任」として担任をサポートするのか。


口先で「結婚したい」と言うけれど、おまえは一体、そのどちらがやりたくて「結婚」するんだ? 、と私は彼女たちに問いたいのです。


そしてこの問いは、「万年副担任」の世の男性たちにも、そっくりそのまま投げかけてもいい問いだとも思うのです。


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