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↓『どうやらオレたち、いずれ死ぬっつーじゃないですか』(みうらじゅん・リリーフランキー著、扶桑社、2011)より引用(15)


リリー:オレも(井上)陽水さんに会うと、「あなた、結婚しなさいよ」って必ず言われるんですけど。
「結婚しないなんて、そんな、そつのない生き方して……一回くらい結婚して苦しんだりとかさ……」って。それってどうなんですかね(笑)。
そうなるとやっぱり、そういう人がいてもべつにいいんじゃないかなって気もしちゃいますけどね。


みうら:でも独身のほうが「そつがない」というのは当たってるなあ(笑)。
そのままじゃただでは済まないぞって、既婚者は言いたいだけなんだけどね。


↑(引用ここまで)
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結婚しないことを『そつのない生き方』と評する井上陽水氏、なかなか素敵な、そして的確な表現だと思います。


まだまだ団塊の世代が30過ぎの男女に「結婚しなさいよ」と「結婚」の押し売りをする風潮は残ってはいますが、「結婚」や「育児」は、もはや「富士登山」や「フルマラソン」と同じような、あえて自らに課す「人生のオプション」「人生の負荷」と言ってもよいのではないでしょうか。
別にやってもやらなくてもいいし、やったらやったでそれなりの苦労と充実感はある。


こんなことを言うと、世間の主婦たちから「そんな簡単なものじゃない」「子育てをナメるな」という声が今にも聞こえてきそうですが(笑)、やってみたらやってみたで、結構笑いながら日々「負荷」を楽しめるもんですよ。
…まあ、「別に”育児”のない『そつのない』人生も選べたのにあえて自分から飛び込んだわけだし、いっちょこの”負荷”を楽しみつつ、自分の人生もこなしちゃいますか!」とちょくちょく想起するようには努めてますけど。
「”子ども”こそわが人生」「子どものためなら死ねる」みたいになっちゃうのは、自分の生き様を誤魔化しているだけのように思いますし。


朝、子どもを起こしてはご飯を食べさせ、オムツを替えて着替えさせる。
検温、保育園の支度をして、子どもを送っては職場に出勤。
仕事帰りに迎えに行っては帰宅。洗濯機を回しながら夕飯の支度をし、自分も食べながら子どもにもご飯を食べさせ、歯磨き。糞尿の処理。洗い物。
子どもが眠たくなる前に風呂に入れて、明日の保育園の準備をして寝かしつける。…というか、眠たさに泣きだしたら、しばらく放っておけば勝手に寝ます。


ちょくちょく友人が来て一緒に夕飯を食べに行くこともありますし、焼きそば大会やカレー祭りを自宅で開催しながら、子どもにご飯を与えてもらうこともあります。
夜な夜な友人たちとドラクエ10やモンハンをやったり、平日休みには子どもを預けて美味しいものを食べに行ったりもします。


…多少の強引さとフットワークさえあれば、そんなに大変でもありません。
というか、シングルマザー(ファザー)は毎日これらをひとりでやっているわけですし。サボりたい日があれば、誰かを頼ればいい。
逆に、「結婚」「育児」のない『そつのない』生き方も、全然アリだと思いますし。


要するに、「結婚」「育児」をしている側の大人たちが、「素敵な(人生の)オプション」に見せようとしなさすぎなんですよ。
「それってもはや”オプション”ちゃうやろ」とツッコみたくなるくらい「育児」一辺倒になっていたり、自分の「後ろ姿」や「見え」を意識して日々を送っていなかったり。


負わなくてもいい社会的責任は負わない『そつのない』生き方を否定せず、「結婚」や「育児」という「人生の負荷」を自ら受け入れる姿勢も否定しない、素敵な生き様を知る大人でありたいものです。


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