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↓『どうやらオレたち、いずれ死ぬっつーじゃないですか』(みうらじゅん・リリーフランキー著、扶桑社、2011)より引用(05)
リリー:一番よくないのは、子供が子供をつくること。
子供のうちに子供をつくると、自分が子供だから子供として見れないし、かわいがることもできないって。
で、子供に愛情が持てないとなると、嫁さんになんか愛情を持てるはずがない、と。
↑(引用ここまで)
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自分が楽しむことで手いっぱいな人。
食べ物や娯楽に対して、まだまだ飽き足らない人。
「他人を楽しませたい」エンターテイナー性のない人、少ない人。
お金にゆとりのない人。
…そういう人たちを、「子ども」と言います。いくら、年齢が高くても。
私だって、20代は、だいぶ「子ども」でした。
外食も、ショッピングも、お祭りも、花火大会も、海も山も、旅行も、車も、映画も、ゲームも、インターネットも、「自分を楽しませること」にまだまだ必死でした。
それに加え、まだ給料も少なかったので、お金にもそんなに余裕がありませんでした。
…そんな「子ども」全盛期に、自分以外の人間に対して責任を持つ「結婚」や「育児」が重なってたらと思うと、ゾっとします。…こんなこと言うと、若いお父さん・お母さんに怒られちゃいますかね(笑)。
私の経験ですが、10年間自分にお金を使い続けて、外食も娯楽も毎日毎日楽しんで、30歳くらいになってようやく、現代日本で享受できる食べ物やレジャーに「飽きてきた感」が出てきました。ようやく、です。この「10年」というのは、けっこうリアルな数字なんじゃないかと思っています。
妹が3歳と1歳の子どもを連れて遊びに来ても、お昼に「自分が何を食べたいか」ではなく、「子どもたちに何を食べさせたいか(食育的配慮も含む)」を真っ先に考えることができます。…「そんなの人の親になったら当たり前だ」と怒られそうですが(笑)。
いやいや、20歳で子どもができたら、「子どもにどこで何を食べさせるべきか」ということより、「自分は王将で餃子を食べたいんだけどなあ」って思っちゃいますよ。少なくとも、20歳の私なら。
そんな私の経験上の感覚から、リリー氏の『一番よくないのは、子供が子供をつくること』という意見に強く同意します。
そもそも「他人を楽しませたい」気質のない人は育児に向かないでしょうし、10年程度の「自分や周囲を楽しませた」経験のない人も、他人や子どもに「教える」「適切な負荷を与えてやる」ことなんてできないでしょう。
…そういう目線で街行く人たちを眺めていると、反面教師として「自分は子どもとこう関わろう」と思わされることしきりです。。
