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↓『ヒンシュクの達人』ビートたけし著、小学館新書、2013)より引用(05)
エンディングノートといえば、最近じゃお墓や戒名にも独自のこだわりがある人が増えているらしい。
最近じゃ坊さんに戒名料を払わないで「自分の戒名は自分でつけたい」っていう人もいるんだってね。
こないだ「どんな葬式がしたいか」って聞かれたけど、オイラは自分が死んじまった後のことなんてどうだっていい。
どうせ立派な戒名つけたってだれも覚えてやしないし、「たけし」って呼ばれ続けるに決まってるんだからね。
坊さんに高いカネ払うより「自分で戒名」って方が賛成だね。
どうせだったら死んだ後もみんなから笑ってもらえるような爆笑戒名をつけて、後世に名を残したいって思うんでさ。
↑(引用ここまで)
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若い頃、はじめて葬式というものに参列して、私は愕然としました。
「○○院○○○○居士」みたいないわゆる「戒名」は、坊主にン十万円だかのお金を支払って、わざわざつけてもらうもんだと言うじゃないですか!
それも、理由が「人は死んだ後、仏の弟子となり戒律を守りながらあの世で修行するから、そのための名前をいただく」みたいなことだとか。
私は笑っちゃいました。なんや、それと(笑)。
病気や天候のことも占いなんかに頼っていた時代ならまだしも、この期に及んでまだ「あの世で修業」やら平気でぬかす人の気がしれません。
そんな、ありもしない(百歩譲って「あるかどうかもわからない」)「あの世の修業」に数十万円払う慣例は、どう考えても(私の感覚では)異常です。
最近でこそ、「戒名は自分でつける」なんて言う人も出てきているみたいですが、というかそもそも、「戒名」なんて、いります?
日本って、そんなに敬虔な仏教徒ばかりでしたっけ(笑)?
私も、人の死に関する法律に詳しい方でもないので、死んだ後の独自の弔い方をしようとするならば、何らかの法的制約もあるのでしょうが、墓なんて作らずに散骨すりゃいいじゃないですか。
まあ、いくら私がこんなことを言っていても、明日死んでしまったら、私以外の誰かが勝手に坊さんやらを呼んで「戒名」なんて勝手につけられて、仏教徒でもないのに坊主や葬儀屋に何十万・何百万のお金を払って葬式をやられてしまうのかもしれませんが(笑)。
それでも、人が死んだときって家族やら親族やらバタバタしますから、年寄世代や葬儀屋の言うがままに、「それっておかしくないですか?」と言い出すのも故人を悼む気がないケチ人間のように思われそうで、言い出せずに過ごしてしまう人も相当数いるのかもしれません。
私の周りで自分のアタマで考えた独自の葬儀を画策しているのは私の父くらいしか知りませんが(笑)、私もどこまで「やらない」ことが可能なのか、少なくとも私が「悪しき風習」と思うものにとらわれない「まとも」な死に方が可能なのか、調べるなり書き残すなりしなくちゃいけませんね。
