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↓『ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する』島田紳助著、幻冬舎新書、2007)より引用(08)
お金の便利さを僕は否定しない。
あの世まで持っていけるわけでもないのに、年寄りがそんなに金を貯めてどうする?
なんてことをよく言う。
僕はそうは思わない。
自分が何歳の何月何日に死ぬとわかっているなら、その日までに綺麗さっぱり遣い果たすのも悪くない。
だけど、そうはいかないのが現実だ。
それじゃなくても歳を取ったら、カラダは弱くなるし、肩身は狭くなる。
年寄りが堂々と胸を張って、自分のやりたいことをやって生きていくためには、お金は便利な道具になる。
↑(引用ここまで)
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「お金はないよりあった方がいい」。
それは誰もがそう思うでしょうが、私は、「何に言葉を多く費やして生きるか」という観点で、「お金はないよりあった方がいい」と、そう断言したい。
「貧しくても心豊かなら、暮らしてゆける」みたいなキレイゴトも個人的には嫌いではありませんが、金にゆとりがないからといって、スーパーの特売や、「オトク」情報のことばかり毎日口にするような人間が、はたして「心豊か」と言えるでしょうか?
マクドナルドや回転寿司など、「安い」「早い」をウリにした大衆向けのジャンクフードばかりで外食を済ます「品性」の持ち主が、はたして「心豊か」と言えるでしょうか?
最近特に思うのですが、夕方のニュース番組の特集なんかをみていて、「こんなにも上等な○○が○○円で食べられるなんて!」だとか、「今、話題の激安○○の行列に並ぶ人たち」だとかの報道が、やけに多くなったと思いませんか?
日本人の誰もが、「安い」「オトク」なことに興味があるんだろう? 、と言わんばかりの決めつけ報道に、嫌気がさしているのは私だけでしょうか?
…私だって、買い物をするときや外食をするとき、そりゃあ「安い」に越したことはないとは思いますが、「ドンキホーテで○○が特売だ」と知っても、「そこに群がる人たちと一緒にレジの行列に並ばされるくらいなら、高くても近所のお店でええわ」とか、「ステーキのけんで、1000円食べ放題をやっているけど、夕飯どきの行列に並んで何十分も待たされた上に、騒がしい、わさわさした中で食事をするくらいなら、3000円払って静かなお店でゆっくり食事がしたい」とか、思ってしまいます。
こんなことを言うと、「あなたはお金に余裕があるかもしれないけど、ウチみたいな貧乏家庭は、そうやって遣り繰りしていくしかないのよ」とかなんとか言う主婦(夫)たちの声が今にも聞こえてきそうですが(笑)、今日はあえて言わせてもらいます。
もう、「安い」「オトク」にノータイムに飛びつくのはやめて、自分の「品位」「生きざま」を大切にしましょうよ。「やせ我慢」しましょうよ。
紳助氏が『年寄りが堂々と胸を張って、自分のやりたいことをやって生きていくためには、お金は便利な道具になる』と評するように、堂々と胸を張って「きっぷのよさ」を振りまいて生きましょうよ。
…「”安売り”に堂々と胸を張って飛びついて何が悪い」って? それは恥知らずの「開き直り」そのものですよね(笑)。恥を知れ、恥を。