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↓『超思考』(北野武著、幻冬舎、2011)より引用(01)
まあ核の話を「ちょっとした失言」なんて言うと、また青筋立てて怒り出す人がいるかもしれない。「被害者感情を踏みにじる発言だ」、と。
現実の問題より、人の気持ちを踏みにじるとか、何を言ったか言わないということの方が、よっぽど問題になるというのが日本という国の特徴なのかもしれない。
久間さん(初代防衛大臣)の話に戻ると、あの人は要するに、トルーマン大統領がなぜ原爆投下を決断したのかという歴史的な考察を語ったわけだ。
原爆が完成して、トルーマンはソ連が太平洋戦争に参戦しなくても日本を降伏させられると確信した。
そうなったら、日本の降伏後に占領政策でソ連に口出しされたくないから原爆を使ったんだという、ひとつの歴史観を語って、そういうことも頭にいれておかなきゃいけないと言った。
それはあの人のオリジナルじゃなくて、ずいぶん前からアメリカになるひとつの学説でしかない。
それを日本で言った瞬間に怒られちゃうというのはなんだか妙な話だ。
防衛大臣の職にある人間にはあるまじき発言だって言うけれど、防衛大臣だからこそ、そういうことまで考えておかなくてはいけない、本来なら。
まして大学での講演会なんだから学生に考えさせるって意味でも、ちょうどいい話をしたんだろう。
それはアメリカ人の歴史観だと気づく人もいるだろうが、それを語って何が悪いのか。
いや、それが被爆国では完全に悪いことになっている。
ちょっとでも核を認めるようなことを言ってはいけない、考えてもいけない、と。
↑(引用ここまで)
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ちょっとでも「戦争」を認めるようなことを言ってはいけない、考えてもいけない。
ちょっとでも「イジメ」を認めるようなことを言ってはいけない、考えてもいけない。
そんな日本という小さい国の「正解」に、私は腹が立ってしょうがない。抵抗したくてしょうがない。「それはただの”思考停止”やないか!」と言ってやりたくてしょうがないのです。
毎日のほほんと過ごし、アメリカに飼いならされている日本人には想像もつかないような迫害を歴史的に受けてきた民族が、土地を守るために抵抗する。自分たちの宗教・生き方を守るために戦う。テロ組織をつくる。それが次第に国家をあげた戦争になる。
そりゃ死ぬのはイヤだけど、それよりも大事な「誇り」を守るために、「戦争」を起こす。
それが「戦争はこの世から無くなって、平和になりますように」だ? ふざけるな。…小学生の学級目標じゃないんですから(笑)。
「戦争」を客観的に分析している人間を「おまえは”戦争”を認めるのか!?」と安易に非難する前に、もっと勉強せえよ。出直して来い、と言いたい。
「イジメ」然り。「いのちを大切にしよう」然り。
「○○を認めてはいけない」という風潮の裏には、かならず「無知・不勉強」と「思考停止」が隠れています。
「誤解を生む発言は控えよう」「犠牲者やその遺族の気持ちを考えよう」と配慮するのもそりゃ結構なことですが、そうやって腫れものに触れるようにして、無難に無難に、物事の本質から目を逸らす日々を送っていると、そのうちあなたも「おまえは”イジメ”を認めるのか!?」と青筋立てて怒るだけの「思考停止」人間になっちゃいますよ?
