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↓『下世話の作法』(ビートたけし著、祥伝社、2009)より引用(26)


じいちゃんばあちゃんと暮らしたり、古い世代の日本人と一緒にいる時間を長く持てれば、ばかなガキでも作法という意味ではうまくいくことが多い。
でも今は子どもが年寄りと離れているから、コミュニケーションの仕方からして分からない。
そうすると自分にとって都合のいいやつとしか集まらなくなる。ちっちゃい核みたいになっちゃって、都合のいいやつ同士で群れてしまう。


インターネットならSNSっていうやつ? 「ソーシャル・ネットワーキング・システム」か。
すごい人気らしくて「新たな人間関係を構築しましょう」とか言ってるけど、要するに趣味とか仕事とか出身地とか、同じ話題だけで集まるネット上の群れでしょう。


俺がネットばっかりやってるやつを信じられないのは、どこにそんな暇があるんだってことでね、チャットでしゃべり合って、しょっちゅうケンカになったりするけれども、相手の教養を少しは考えりゃいいじゃないか。
顔が見えない相手とケンカしてどうすんの。ばか同士に決まってるじゃん。


↑(引用ここまで)
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…『俺がネットばっかりやってるやつを信じられないのは、どこにそんな暇があるんだってことでね』。


私もこうしてブログを更新したり、趣味か何かについて調べてみたり、欲しいものを安く買ったり、ネットを「利用」することは多い方だと思います。
ただ、仕事はあるし、友人や家族と時間を合わせて会ったりゴハンを食べたりすることもしょっちゅうだし、こうして文章を書いたり本を読んだりして自分を鍛える時間も確保しなくちゃいけないし、毎日1万歩のウォーキングや週1回のトレーニングだってあるし、ネットにどっぷり浸かってる暇なんて、そんなにありません。
そんな自分のスタイル、オリジナリティの追求が忙しくて、同じ趣味・嗜好の人たちと「群れ」てなんていられないのです。


たけし氏と同様、私が、ツイッターでしょっちゅうつぶやいていたり、SNSなんかにどっぷりと浸かっている人たちを信用できない、どこか「キモチワルイ」と感じてしまうのは、「オマエら、他にやることないんか?」という「時間の使い方」に関する疑問と、「群れ」や「従属」に対する意識の低さがそこに垣間見えるからです。


子どもの「ケータイ」然り、女どもの「女子会」然り、大人たちの「ネット」との付き合い方然り。
「時間の使い方」と「群れ」に対する意識を見れば、その人のレベル・人となりがわかるような気がするのです。


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