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↓『下世話の作法』(ビートたけし著、祥伝社、2009)より引用(20)
もうだいぶ前のことで、ラグビーの松尾雄治と銀座のクラブに飲みに行った。
松尾は明治大学の後輩にあたるから、俺のことを「先輩、先輩」って呼ぶんだ。
それで松尾の誕生日に「先輩、一杯おごってよ」とか言われたわけ。
クラブに入ったら奥のほうに渡(哲也)さんがいたんで、俺は挨拶したのね。
「どうも、たけしです」
「あれ、たけしさん、今日は何?」
「いやちょっと松尾雄治の誕生日で、おごらなきゃいけないんですよ」
「たいへんですね」
てな感じでお互いに挨拶して、あとはそれぞれ飲んでいたんだけども、そのうち渡さんたちが先に帰ることになった。
「たけしさん、お先に」「どうも」って会釈して、また俺たちはワーワー言って飲みはじめたの。
それでさんざん飲んでたら、突然俺たちの席に花束が届いたんだ。
見たらカードがついていて、「松尾雄治様、お誕生日おめでとうございます 渡哲也より」って書いてある。ビックリしちゃってさ。
それでもっとビックリしたのはお勘定の時。
俺たちも帰ろうかということで、お勘定お願いしますって店の人に言ったら、もう終わってるの。
「渡さまがおすませになっています。お誕生日ですから、と」
ああ、すげえなあと思って。
俺が松尾におごるはずが、渡さんに全部おごられちゃった。
おごってくらたからすごい人だって言うんじゃないよ。
誕生日を祝ってくれる気の使い方がすごいんだよ。
それと、挨拶がちゃんとしてること。
芸能界にいると、お互い顔は知ってるのに挨拶したことがない、という人がけっこう多い。
俺はあまり挨拶するのは好きじゃなかったんだけど、渡さんに会ってから、やっぱり挨拶はしておくものだと思うようになったもん。渡さんがちゃんと挨拶するから。
知ってる人と目が合ったら、必ず「どうも、たけしです」って挨拶するようにした。
亡くなった百瀬博教さんは、俺のとこの浅草キッドが番組でお世話になってて、どこかで会った時に挨拶したの。
その場じゃ百瀬さんは「ああ」なんて感じだったけど、あとでキッドたちに聞いたら俺のことを誉めてたって。
「お前たちの師匠は偉いな。目が合ったらすぐ飛んできて、きちんと挨拶ができるんだからな」
そんなことを言われちゃったら、ちょっとうれしいじゃん。
挨拶されて気分が悪くなる人はいないし、やっぱりちゃんとするべきことはするもんだと思う。
手を抜いちゃいけないんだ。
↑(引用ここまで)
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…『手を抜いちゃいけない』。
そんなに仲良くない人と目が合ったとき、ほとんど面識のない近所の人とすれ違ったとき。
「おはようございます!」「こんにちは!」「こんばんは!」と言おうかどうか迷ったとき。
きちんと立ち止まって、もしくは席から立って挨拶しようかどうか迷ったとき。
…そんな微妙な線引きは、日常、次々と襲いかかってきますよね。
たけし氏の言うような「粋」や、「自分がどういう存在でありたいか」を意識しながら暮らしていると、「恥ずかしいから」「面倒だから」「なんとなく」と、いかに自分本位な理由で日々行動しているか、気付かされます。
そして、「自分は”粋”や”気前のよさ”を振りまかずに、自分の半径5メートルのことだけ考えて死んでいくのか」とも。…ちょっと大げさですかね(笑)。
…挨拶しようかしまいか迷ったら、する。
…挨拶に限らずとも、何かしようかしまいか迷ったら、する。
渡哲也さんのように、知らない人の誕生日まで気遣えとは言いませんが(笑)、レベルの高い「気前のよさ」を振りまける自分でありたいものです。
