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↓『下世話の作法』(ビートたけし著、祥伝社、2009)より引用(05)


俺のおふくろは食い物屋に並んだりするのが大っ嫌いだった。
「並ばないと食えないんなら、食わなきゃいいんだ」とよく言われたもん。
相応に食いなさいということだけど、そこには誇り高さみたいなものがあった。


(中略)


だけど今だって同じじゃん。
「行列のできるラーメン屋」に並んで何時間も待たされたりして。
それは並ばせるラーメン屋のオヤジも悪くって、オヤジは「並んでくれ」じゃなく、本当は「並ばないでください」って言わなきゃいけないだろう。
並ばせておいて恥ずかしくないか。
客を並ばせるということがいかに恥ずかしいか分かってないし、そういう店に限って客を邪険に扱う。


客も客だよな。
行列に並んで何時間も待たされて、やっと一杯のラーメンを食う。
そんな思いまでして食っているやつの情けなさったらありゃしない。
それじゃ腹を減らした動物と同じじゃないか。


人間は動物と違うんで、人間にはちゃんとした食い方がある。
人間は本能だけで食うわけじゃないだろう。
動物は生きるために食わなきゃいけないから、殴られようが蹴られようが食い物にむしゃぶりつくけど、人間はただ生きるためだけに食っているわけじゃないという文化が一応あるわけだ。


並んでまでして飯を食うのは文化なのかね。
サラリーマンが「昼飯は立ち食いそば屋ですませるんだ」なんて言いながら、混んでるそば屋に並んでる。
それで、やっとありついた天玉そばか何かをバーッとかき込んで帰っていく。
それはとても文化とは呼べないだろう。


そのくせ、もう片一方で「文化」を語るばかがいる。何を言ってるんだ、こいつって思うよ。
「あの映画のカット割りは」とか、いっぱしの評論をするんだけど、単なる情報に踊らされているだけで、自分の身についた文化が一個もない。
その前に、お前のそばの食い方はいったい何なんだって。


↑(引用ここまで)
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行列に並ぶ人。
休日に、渋滞の中を出掛ける人。
…本人がよければ、それはそれでいいのかもしれませんが、私がそういった安易な行動をどこか軽蔑した目で見てしまうのは、そこに自分の「見え」に対する意識や、「みっともない」という感覚、「文化」や「プライド」を失ってしまうことに無頓着に見えるからではないでしょうか。


私は、レストランに入ってちょっとでも並んでいればすぐに帰りますし、渋滞するとわかっている時間帯や道路には車で出かけることはしません。それ以外の選択肢を見つけて、それなりに自分とツレを満足させようと努めます。
…だって「私」という一個人が、行列や渋滞という「大勢の中のひとり」になってしまうことが、「みっともない」と感じるから。
…自分の支払う「時間」と「得られるもの」が等価交換になっていないと思うから。


…そんな私がひとりで立ち食いそば屋や「吉野家」のようなところで流し込むように飯を喰らっている姿を見かけたら、「おまえの”文化”や”プライド”はどこへ行ったんだ?」と指摘してくださいね(笑)。


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