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↓『ぼくたちの洗脳社会』(岡田斗司夫著、朝日文庫、1998)より引用(14)
ストーリーを見ているつもりが、いつの間にかライフスタイル、価値観を刷り込まれている。フランスがよく主張する「ハリウッド映画は、文化侵略である」というのは、こういう意味です。独裁者たちが必ず映画好きなのも、同じ理由です。
フランスの建築家P・ヴィリリオは「統一的なアメリカのイメージをつくり、広めたのは軍産複合型の映画であった。その中ではアメリカの日用品などのデザインを通してプロパガンダ戦略が展開された」と言っています。
「洗脳と気づかせない洗脳」が、最も効果的なのです。
そのうえ、良い作品であればあるほど、作品全体で一つの価値体系や世界観、美意識を表現しています。こういった複雑な意図の押しつけは、もはや洗脳行為といって差し支えないでしょう。その時代の不安や不満という「洗脳ニーズ」に合った作品は、大きな洗脳力を持ち、人々を動かすことができます。
一度、『フォレスト・ガンプ』や、ビートルズの歌、東京オリンピックなどを、「作者の美意識や価値観の押しつけ」という視点でとらえ直してみてください。古き良きアメリカ、自由、繁栄と国際化。作者たち自身も、自分では気づかなかった価値観を見つけられるかもしれません。
↑(引用ここまで)
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私のお勧めのアメリカのテレビドラマに「スタートレック」というSF作品がありまして、その「惑星連邦」の規約の中に「ワープ航法以前の文明の星とは、コンタクトをとってはならない」という大原則がありました。
それは、「未発達の科学技術しか持たない社会でも、あえて”未発達”でいることで惑星の秩序を保っている場合も考えられるし、たとえそうでなくとも、”発達した科学技術はすばらしい”という価値観の押しつけになってしまう可能性がある以上、”教えたい””助けたい”感情に任せて、その一線を踏み越えてはならない」という、22~23世紀の人類の失敗から学んだ、「哲学」なのです。
「”便利”はすばらしい!」
「進んだ”科学技術”はすばらしい!」
自分が”良い”と思うものは人に勧めたくなるのが人情ってものですが、その危険性を、「押しつけ」の可能性を忘れないこと。
…そういう意味では、私のこんな文章も、個人発信の「文化侵略」と言えるのかも知れません。
