数年前、サッカーのワールドカップ開催前に、中田英寿氏と本田圭佑選手の対談を見る機会がありました。
その中で、中田氏は「2006年のドイツ大会まで、自分はだんだんワガママなプレー・自分の持ち味を一番発揮できるプレースタイルを貫くことができなかった。本田選手には是非ワガママを押しとおす選手であってほしい。たとえ”本田のせいで日本代表が負けた”と叩かれたとしても」と語っていました。
あの中田氏でさえ、チーム内での年齢が上になってくるにつれて、チームのために、周りの後輩たちを活かすために自分のワガママを押し殺したプレーに徹することを余儀なくされ、そして今でもそれを後悔している…ということに、私は驚かされました。
また、「日本代表の練習は、自分が一番サッカーが下手なんじゃないかと思えるほど、みんな上手かった」とも言っていました。
ヒールを使ったトリッキーなパスや、リフティングを使ったドリブル突破など、どれも一流選手のプレーだったそうです。…練習中は。
しかし、日本代表の選手たちが、そういったプレーを試合でも使うということは、ほとんどなかったように思います。
中田氏は、練習中からもっとぶつかっていけなかった、”練習のための練習”になっていた当時の日本代表と自分の責任を回顧しながらも、最後までワガママを押しとおせなかった自分のようなプレーを本田選手にはしてほしくないと、「それだけは本田選手に伝えたかった」と最後に言っていました。
私も、目立った言動や「自分はこういうスタイルでいく」という姿勢を出そうとすると、周りから叩かれるのは置いておくにしても、「自分ごときがそんな生意気言っていもいいのだろうか?」「周囲との協調や、今までの”流れ”も考えて、多少控え目にいったほうがいいのでは?」と自問することが、よくあります。
「自分のワガママを貫く」か、「周囲との調和を意識して”空気を読む”」か。
その葛藤は、大小の程度こそあれ、誰の日常にも潜んでいると思うのです。
…こんな「やりたい放題」に見える私だって、実はしょっちゅうそんなことばかり考えていたりするんですよ(笑)。
「たとえあのとき、日本中からボロクソに言われようと、自分のワガママを貫けばよかった」と苦笑する中田氏の言葉には、そんな私の葛藤に、勇気を与えてもらった気がしました。
