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↓『いつも心に紳助を』島田紳助著、小池書院、1996)より引用(02)
ぼくはこんなあほなことをよくやるんですけど、大人があほなことせんといかんと思ってるんです。
うちの子供は結構、こんなぼくを、尊敬してますもん。
なぜかというと、目線を子供と同じ高さにして、付き合っているせいですよ。
自慢話みたいになりますけど、一番上の中学一年の女の子が小学校六年だった時、学校のアンケートで、「お父さんはどんな人」というものがあったんです。
他の子のを見てみたら、飲むとうるさいとか、ゴルフによく行くとか書いてあるんですね。
でも、うちの子は夢のある人って書いてました。
ちゃんと理解しとんのやなって、すごいうれしかったですよ。
たぶん、ぼくが心にフタをしてしまうと子供は接してくれなくなるでしょう。
だけど、フタを明けて、りっぱなことはようせんけども、バランスよく夢を持っていると、子供というのはしょうもないことを尊敬するじゃないですか。
今年の夏も、こんなことがありました。
ぼくはその日、ずっと家にいたんですけど、午後七時半ごろ急に思いたって「おい、いまからキャンプ行こうか」と、言うたんです。
そばに上の子がいたんですが、その子がうれしそうに、
「いまから? やるな、おっ父」
それから、真ん中の小学校六年の子が塾に行ってましたから、塾の先生に電話して、
「すぐ帰らせてください」
すると、子供は心配になったらしくて、外からうちに電話をかけてきて、
「おっ父、何かあったん」
「いまからキャンプに行くんや」
「いま? やるな、おっ父」
その子が帰ってきて、出発したのが九時ですわ。ついたのが十一時、キャンプファイヤーして、飯食ったら十二時半になってしまいましたけどね。
↑(引用ここまで)
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…『大人があほなことせんといかん』。
本当に、そう思います。
というか、実際に毎日ふざけた格好して、何はなくても「楽しそうに」背中を見せて歩いて、「明るさ」と「ユーモア」を振りまいて過ごしています。…私のことを知ってらっしゃる方は、よくおわかりになると思いますが(笑)。
とはいえ、紳助氏のように、「次の日の子どもらの学校は?」「休んだらええやん、いいからキャンプ行くぞ」とスパっと言ってのける「ユーモア」と「きっぷのよさ」を持ち合わせた人間でありたい、と気をつけるようにはしています。
仕事やらで毎日毎日真面目なやりとりばかりいると(そうでもない?笑)、日々の生活に追われて、考えることが面倒くさくなって、いつの間にか自分の行動パターンまで「くそ真面目」になってしまいそうで怖くありませんか?
私は怖いです。
それこそ、「明日子どもらも学校なんだから、やめとこ」「明日も仕事あるし、週末にしようや」とか、そりゃあ当然といえば当然の帰結なんですけど、そんな決断ばかり下しているうちに、「くそ真面目」で「おもしろ味のない」発想しかできない、「無難」な人間になっていやしないかと、いつも私は自分に問いかけるのです。
明日みんな仕事かもしれんけど、一発ふざけてみようや、と。
「いつかハワイに住んで、時計と無縁の生活」だなんて絵空事を語っていないで、今、「おもしろ味」のある「あほなこと」をやりましょうよ!
…そんな私たち大人の背中を、子どもたちは絶対に観察していますから。
