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↓『毒舌訳 哲学者の言葉』有吉弘行著、双葉社、2012)より引用(06)
ニーチェとかサルトルとか読んで「そうだな」とか納得してないで、そんな言葉よりいいこと言ってる人はいっぱいいるから。
普通のおじさんとかおばさんでもいいこと言ってるし、商店街のおばさんとかでも結構いいこと言ってるから。
「ニーチェの言葉」だからありがたがって聞いてるけど、近所にいるちょっとボケが入ったジイちゃんとか、ちょっと季節の変わり目に騒ぎ出すような人の話を聞くかっていったら聞かないと思うんですよ。
「ニーチェの言葉は聞くけど」って言うんだったら、もうちょっとそういう人たちの言葉にも耳傾けてほしいなと思います。
↑(引用ここまで)
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「神は死んだ」とか、「無知の知」とか、字ヅラだけ、「有名」なだけでなんとな~くありがたがってしまう風潮は、確かにあると思います。
政治家にしても、ニュース番組のコメンテーターにしても、よくよく聞いてみると「こいつ、別にたいしたこと言ってないな」と思わされることは多いですし、逆に、身近な人でも(あんまり好かない人でも)、「肩書き」「先入観」というフィルターをはずしてその人の話に耳を傾けると、なかなか筋の通ったことを言っていたりします。
私も職業柄、「相手が聞きやすいように、相手に話が入りやすいように」話そうと、話の段取りから声の大きさ、話すタイミングなど、あれこれ試行錯誤しながら暮らしているのですが、無名で権威もない私の話でも、そういったフィルターごしにでも納得して聞いてもらえるよう、目下修行中の身です。
「有名」「その道の権威」「社長・上司・先輩」だからといって、話を鵜呑みにしない!
それでいて謙虚に、自分のトークは鵜呑みにしてもらえない前提でも話が通るよう、工夫する! 話術と思考を磨く!
最近の私のテーマです。
