------------
↓『毒舌訳 哲学者の言葉』有吉弘行著、双葉社、2012)より引用(04)


「世の中で一番いらないものってなんだろう?」と思ったときに、小さいプライドだと思うんですよ。
大きいプライドはあってもいいと思うんです。たとえば、戦争とかで「劣化ウラン弾は絶対に使わないぞ!」っていうプライド。それぐらいの規模のプライドなら、あっていい。
その点、小さいプライドといったら、「あの人と仕事したくねー!」とか、「こんな安い給料で働きたくねー!」とか、「なんであいつのほうがいい家住んでるんだ!」とか。
そういうプライドはいらない。
そんな小さなことは”プライド”とすら言わないんじゃないかと思うんです。
個人的な小さいことは、プライドじゃなくて”ちょっとしたこだわり”。しかも、そんな小さなこだわり、いらないっていう。
小さいプライドなんか、なんの役にも立たない。むしろ生きていくうえでは邪魔だと思います。


↑(引用ここまで)
------------


いやー、『小さなこだわり』をお持ちの方って、いっぱいいらっしゃいますよね。
「あの人と仕事したくねー!」って思ってても、それを態度に出したり、口に出したりしちゃイカンでしょ。


そりゃあ私だって、苦手な人、嫌いな人はいます。
でも、そういう人たちとの関わりに頭を悩ませたり、愚痴をこぼしたりする時間の比重が多くなればなるほど、自分本位でものを考える癖がついてしまう気がするのです。


「その人が、何に多く言葉を費やすか」がその人の「生きざま」を決めると私は考えているので、嫌いな人の対応にぶつぶつと悩んでいる自分に気づいたら、「時間がもったいない!」と、打ち切るよう努めることにしています。


いつだったか、平井堅氏がラジオ番組で、「納豆のネバネバが気になるのですが、どう対処したらいいでしょうか?」というリスナーの質問に対して、こう言っていました。


「えー、それは”気にしない”という対処法が一番ですね」と(笑)。


ラジオを聴いていた私は思わずふきだしてしまいましたが、「そんな細かいことを気にしている暇があったら、もっと他にやることあるでしょ」という平井氏のツッコミのようにも感じました。


気づいたら、聞かされる人のことも考えず、嫌いな人の愚痴ばかり口にしていた…なんていう「生きざま」では、恥ずかしいですからね!


ペタしてね