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↓『江川達也のニッポンを鍛えろ!』(江川達也著、ぶんか社、2004)より引用(23)


一定の年齢に達したら、年金が支給されるという現行の制度も、歳をとったら働かないでいいという甘えを助長する、歪んだシステムである。
年金制度は、国民全員が最低限の生活ができるよう保障するものであるから、金持ちであろうと貧乏人であろうと、生まれてから死ぬまで全国民に毎月7万円ずつ支給するという制度に改革すべきである。
3章で提唱した公営カジノなどによる収益をその財源に充てれば十分賄えるであろう。


月7万円は、一人の人間が生きていくのに、それでギリギリ生活していけるという金額を想定して設定した。
生きていけるだけのお金がもらえるならそれでいいという人間は、家畜人として7万円だけもらって、最低限の生活をすればよい。
もっと豊かな生活が送りたいと思う人間は働いて稼ぐのである。
それが自立した人間として生きるか、家畜人として生きるかの最初の試金石となる。


月7万円だと、弱者の家では子どもに満足な教育を受けさせられないかもしれない。だったら義務教育が終了したら、すぐ社会に出て働けばよい。
本人に働く意志があるなら、昼間働いて、夜間の学校に通うことだってできるのである。
それどころか、中卒のたたき上げの方が、害悪を垂れ流している大学や高校に行って、知能を下げる受験勉強をするよりよほど、世の中の役に立つ人材になる。
現実の社会で役に立たないことしか教えない学校であれば、中学校までで十分である。
それ以降の教育機関へは行きたい人間だけ行けばよい。
学歴など、社会的地位を手に入れるための無駄を望まないなら、月7万円で十分生きていけるのである。


↑(引用ここまで)
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国民ひとりひとりに最低賃金を分配してしまおうという「ベーシックインカム」を最初に提唱したと言われているのが、18世紀末のイギリス出身のトマス・ペイン。
「江川流」のそれとは若干ニュアンスが違いますが、『それが自立した人間として生きるか、家畜人として生きるかの最初の試金石となる』あたりがポイントでしょうか。


「民主主義」、つまり「民(たみ)」が「主(あるじ)」たる社会のシステムとして、「経済よりも個々の評価・洗脳合戦の方が重要視される」ように価値観がシフトすれば、工場労働者量産を「裏の」目的として造られた「学校」、ひいては「労働」の意味の希薄化とともに、ベーシックインカムが採用されることは、当然の流れではないかと私は考えます。


もっと言うなら、誰もが江川氏の言うような「自立」を望むとはとうてい思えないし、経済にあくせくせずに「ささやかな自分の人生を大切に生きたい」と思う人のセーフティーネットとして、ベーシックインカムの必要性は十分考えられるでしょう。
口では「私は自立した人間だ」と言いながら、一方で「ラクしてトクして生きたい」と思う、いわゆる「家畜人」の方が、今の日本には多いでしょうから。。


「国民の自立」「自立した国家」を願うなら、どういう国策をとっていけばいいのか。
あなたは、どんな「日本」を望みますか?


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