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↓『気がきく女性・55の秘訣』(里中李生著、三笠書房、2005)より引用(03)


音に対して無頓着な女性は子供だ。
子供は、家のドアを大きく開けて、バタンと閉めて、走って行ってしまう。自らも奇声を発していて、音に対する観念ができ上がっていない。


だから、二十歳を過ぎた大人の女性で、音をたてる人には冷めてしまう。
ドアをバタンと大きな音をたてて閉めていたら、ヒステリックに見えるし、大雑把な無神経人間にも見える。
椅子に座る時に、ギーッと椅子の脚を床に擦っている人も多いが、これもマナーに反する。不快な音は、小さな音でも騒音なのだ。


(中略)


もので鳴らす音だけではなく、あなたの声も騒音のひとつなのだ。
私は電車に乗るときに、よくグリーン車を利用する。さいたま市の大宮に住んでいるのだが、大宮から上野までの間をグリーン車に乗っている。贅沢? いや、五百円くらいで乗れるし、ゆっくり本を読む場所としては最適だ。

ところが、静かなはずのグリーン車で、お喋りをするために乗ってくる女性がよくいるのだ。しんとしたグリーン車に響く、そのお喋りのなんとうるさいことか。グリーン車に若者は乗ってこないが、普通車でのお喋りは日常的に目にする。


↑(引用ここまで)
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…「音」に関しては、自分でもなかなか神経質な方だと思っています。しかし、それも「当然の気遣い」「ひとつの身だしなみ」とも思います。
たとえば、風邪をひいているときの咳や、鼻をすする音。
周囲に余計な心配をさせたくない、というのもありますが、「病気」や「細菌」を連想させるような「音」は、人前ではなるべく控えるようにしています。
また、トイレの「音」も、周囲を不快にさせる「音」です。
できる限り水を流す音に紛れさせたり、女性がトイレに入ったときは、わざとテレビをつけたりも、します。
…やっぱり神経質ですかね(笑)。
でも、これくらいの意識もない人に出くわすと、私はなんだかガッカリします。


…「声」に関しても、そうです。
里中氏は、「安い」「早い」からといって、マクドナルドや吉野家に代表されるような「喧騒」の中で平気で食事することをよく否定していますが、私も、ガストやサイゼリヤなど、安くて、品のない若者やおばちゃんたちがたむろできるような雰囲気の店での食事は、できるだけ避けるようにしています。
多少金額の高いレストランは、客層もそれなりに良く、店員の対応にも品があり、そして何より静かに落ち着いて食事ができるからです。
…以前に、知人の「おすすめの店」に連れて行かれて、騒音だらけの大衆居酒屋だったときは、その人の神経を疑いました。
「どんなに美味しくても、こんな環境で食事したくない」と。


「音」と「声」に対する意識。
周囲に対する「気配り」と、ある程度の「高級志向」(「環境」に対するお金の観念)が、その人の品性を決めるのだと、私は考えます。


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