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↓『どうやらオレたち、いずれ死ぬっつーじゃないですか』(みうらじゅん・リリーフランキー著、扶桑社、2011)より引用(19)


リリー:みうらさんがいくつのときかな……。「もうオレ、厄年すら来てくれないんだ」って呟いてましたね(笑)。


みうら:それがさ、最近60歳の厄年が新設されたんだよ。
神社で聞いたら「前からありますよ」って言ってたけど、きっと嘘だよ、あれ。
人間が長生きするようになったから、厄年を上乗せしたんだよ。
最後だと思ってた厄が明けて神社に行く必要がなくなっちゃったとき、「もう厄年もないんだから、これからいいことばっかりじゃん」って思ったら、なんかフケた気がしたなあ。
そういう意味では、厄が追加されてよかったかもしれない(笑)。


L:そのうち、160歳くらいの厄年出してきますよ、神社も(笑)。


↑(引用ここまで)
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「厄年」。
「占い」。
「パワースポット」。


…このご時世にそんなオカルト、よく流行るもんですよね。
みなさん、ヒマだから、娯楽や社交辞令的話題の一環として、「オレ今年、前厄なんだよ」とか「あそこのパワースポットいいらしいよ」とか言って楽しんでいるだけかと思いきや、けっこう本気で効果があると思っている人も多いから驚きです。


口に出すのも憚られますが…「厄年」も「占い」も「パワースポット」も、商売人が儲けるための「つくられたイベント」に決まってるじゃないですか。何、いい歳こいてそんなもの本気にしてるんですか(笑)。


食いもの屋の行列にこぞって並んだり、渋滞すると分かっていてそこに出かけたり、そんな醜態を晒すのを毛嫌いする私には、信じられない行動です。


…こういうことを言うと、信心深い人たちから、成功体験やら「当人が信じてやっているんだからええやないか」やらひっぱり出されて、お叱りの言葉をいただきそうですが、「何に時間を費やすか」「何に多く言葉を費やすか」「子どもたちに背中を見せて生きる大人の行動」という観点から見ると、どうにも「商売人たちに踊らされてる感」「集団にすすんで埋没している感」は否めないように思うのです。


「科学的に証明できないものを何で信じるんだ!」なんて言いたいのではありません。
「オリジナリティを埋没させるものに、なぜすすんで飛び込むのか? その程度のオリジナリティで、子どもに何を語るのか?」と言いたいのです。


リリー氏が「そのうち、160歳くらいの厄年出してきますよ、神社も(笑)」と「所詮は、商売人の情報操作」でしかないことを十分理解した上で笑い飛ばすくらいに、そういう「オカルト」や「イベント」と付き合っていく「健全さ」を持ち合わせていない大人の多さに危惧を感じて、今回こう書きました。


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