------------
↓『どうやらオレたち、いずれ死ぬっつーじゃないですか』(みうらじゅん・リリーフランキー著、扶桑社、2011)より引用(18)


みうら:でも、高校生のときは自殺とか考えたなあ。考えなきゃバカだと思われるんじゃないかって(笑)。
あのころは、自分なんかないから、人からどう見られるかっていうことばっかり考えてたよね。
本当はめちゃくちゃ陽気だったけど、いかにしてシリアスを手に入れるかばっか考えてた。
でも、いくら自分らしさとか個性とかいっても、結局、周りの人がいて環境があって自分が成立しているからね。


(中略)


リリー:だから、最近の安易なポジティブシンキング、「あなたは世界にひとつだけの存在なんだから、人と比較するのは間違ってる」みたいなのって、すごくおかしいと思うんです。
何かと照らし合わせて自分があるのに、照らし合わせるなって、無人島じゃないんだから無理ですよ。
自分を探すんじゃなくて、自分の居場所を探せばいいんだけど、それが見つからずに自殺をしてしまうというのが、日本人の自殺の原因として多いんじゃないですかね。


みうら:「空」みたいな状況がないんだから無理だよね。
本当の意味でのオンリーワンって、他人にはまったく理解できない存在になるしかないからね。
それになりたいとは思わないでしょ、ふつうは。


↑(引用ここまで)
------------


「♪ナンバーワンにならなくてもいい。もともと特別なオンリーワン」と唄ったスマップの功罪は大きいと思います。
…それは、「向上心を持ってがんばらない自分」「周囲への気配りをしない自分」「今自分がここにいられることに感謝しない自分」をも認めてしまいかねないから。


そりゃあ、究極的には「がんばらない」のも、「気配りをしない」のも、「周囲へ感謝しない」のも、自由です。自分自身がそれで平気ならば。
でも、みうら氏も言うように、『本当の意味でのオンリーワンって、他人にはまったく理解できない存在になるしかない』のです。
「周りの評価は関係ない」とは言いつつも、周囲に迎合せず、「オンリーワン」を貫き通すのは、けっこうしんどいと思います。
周りからいくら変人扱いされようと、「オレはオレだ。悪いか?」と言ってのける信念の強さと、「あっけらかん」とした物腰が必要不可欠でしょう。


いつだったか、イチロー選手も言っていました。
「”個性”と口にするのを許されるのは、自分自身が、ほかの誰よりも厳しい”一番の批判者”である者だけだ」と。


自分自身のルールよりも、他人からの要求の方が大きくて日々困窮しているような「凡人」には、「個性」なんて言葉は「甘え」にしかならないのが現実でしょう。
ならば、「♪周りあっての自分。もっと向上心をもって、気配りして生きましょう」くらいがちょうどいいのかもしれません(笑)。


ペタしてね