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↓『男の器量は女でわかる』(里中李生著、三笠書房、2008)より引用(07)
日本人は海外に進出するようになった。野球でもサッカーでも、そして企業も。今の時代は、海外でも活躍出来る男が最先端であり、圧倒的に勝っているという記事も見かける。まあ、英語をぺらぺら喋って、ドルを計算していれば、確かにカッコいい。
しかし、私もそうだが、日本の伝統や文化を守りたいとか、日本を良くしたいと思い、国内で頑張っている男が負けているとは思えない。もし、負けているなら、私も負けているし、私の担当編集者も負けているし、海外で活躍していないスポーツ選手も負けていることになってしまう。
私が友達と飲んでいて思うことだが、私の周りにはグローバルな男がいない。日本の企業でコツコツ働いているし、英語も喋れない。だけど、「俺、だめなんだよ」と愚痴をこぼしているわけでもないし、男らしいし、仕事も普通に出来る。
しかし、私の友人は負け組らしい。四十歳、独身、国内の会社、日本語しか喋れない、彼女不在、年収は八百万円。負け組か?
繰り返し言うが、別にその状態で、愚痴はこぼしていない。勝ち組と呼ばれる男たちを妬んでいる様子もない。
男が「負ける」というのは、負けを認めた時に負けになり、勝っている人間に嫉妬を見せた時に負けになるのだと思っている。
↑(引用ここまで)
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…「グローバル化」だとか「世界標準」だとかいう言葉が流行する昨今、「いやいや、世界がどうだとか地球がどうだとか言う前に、国内で自分のやるべきことをきっちりやることの方が先なんじゃないのか?」と常々言いたい気持ちにさせられます。
一体、何が「勝ち」で、何が「負け」なのか。
私にとっての「勝ち組」。
それは、「魅力的な人間」である、ということです。
周りの人間に愛想と気遣いを振りまくことができ、「そんなに気遣ってもらって悪いよ」という遠慮にも「私がやりたくてやってるだけですから」と嫌味なく対処できる人。
「これも自分の仕事」「あれも自分の仕事」と、「自分の仕事」だと思っている範囲が広く、それを当然のようにこなしている人。それも、愛想と気遣いを欠かさずに。
「自分が話したいから話す」に陥らず、その場の空気やオチを考えて、時には自分が汚れ役にもなったりして、配慮をもって会話できる人。
…愛想も悪く、細かい声かけもできない。
…与えられた仕事しかせず、仕事全体を見渡せない。
…空気を読めず、自分がしゃべりたいからしゃべる。
その人がどんなに社会的地位があろうと収入があろうと、「アホな奴やなあ。きっとコイツはこのまま死んでいくんやろなあ」と思ってしまいます。
逆に、一見普通の人でも、そういう心遣いをきっちりやっている人を見ると、「素敵な人やな」「魅力的な人やな」と思えます。
私も、英語はしゃべれませんし、そんなに稼いでいるわけでもありません。
ただ、「魅力的な人間」でありたい。「足ることを知る人間」でありたい。
そう思ってやみません。
