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↓『30独身女、どうよ!?』(岡田斗司夫著、現代書林、2001)より引用(29)
岡:でもそういう人たちだって、ようするに恋愛は演劇性なんだから、その演劇性を発揮するだけで、ガンガンできるんだよ。幸せな恋愛がいくらでも。
う:でも、なかなか本気になれない~。
岡:本気じゃなくていいの。ちょっと好きかな、から始める。
「死ぬほど好き、この人だけ、っていう気持ちがなきゃ、恋愛じゃない」というオンリーユー・フォーエバー的な恋愛幻想を捨てる。
日常品としての恋愛。今みんなに必要なのは100円ショップで買えるような恋愛じゃないの?
う:恋愛幻想を捨てるんですか?
岡:今までみんなブランド・ショップで買おうとしてたんでしょ、恋愛を。でも高いから、バーゲンを待ってた。例えば「身近に現れた3高男」。ブランド品のバーゲンだよね。
そうじゃなくて、恋愛なんて100円ショップで買うのでいいの。
う:100円ショップですか……。
岡:けっこういろんな評論家とか心理学者が「恋愛は幻想だ」って言っているんだけど、詰めが甘い。幻想だというだけで喝破した気になってる。実用思想としては足りないね。
恋愛とは、幻想じゃなくて消費財なんだ。それも耐久消費財じゃなくて、一般消費財。賞味期限は3カ月とか6カ月。
う:80年代に村上龍さんも「すべての男は消耗品である」と言ってましたね。
岡:100円ショップで買えるようなものを、生涯使おうとするからえらいことになる。「すべての愛は4年で終わる」というだけで、大騒ぎになっちゃうわけでしょ。4年も保ちゃ充分。おつりがくるよ。「その靴下いくらだったの。100円だろ」と(笑)。祭の日に買って、その夜捨てても大丈夫なのが、今の恋愛なのに。
↑(引用ここまで)
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…『恋愛とは、幻想じゃなくて消費財』!
言うに事欠いて『消費財』とは!
まさに今この時、現代を生きる私たちの「恋愛」の基本的な有り様を見事に打ち抜いてくれている表現だと思います。
「石の上にも三年」という言葉がありますが、十年以上ひとりの人と「おつきあい」していた私の若かりし頃を振り返っても、『消費財』を無理矢理保たせていただけなんだなあ、と当時の自分の未熟さを思い知らされます。
まあ、「継続する能力があるのに、しない」ことと、「継続する能力がない」ことは違うとは思うので、『恋愛は消費財だ』という表現を、思いやりや気遣いが継続しないことの言い訳にはして欲しくないとは思うのですが。。
私もそういった昔の恋愛話をしたりなんかすると、きまって「十年も続くなんてすごいね」なんて言われるのですが、「思いやりや気遣いの継続力がある」という、能力面の褒め言葉として受け取れば嬉しい反面、「その恋愛の中身は、とてもじゃないけど褒められたもんじゃないぞ」という思いもあります。
聞いてあげちゃいけないワガママを幾度となく聞いてしまっていたし、無理にセックスも要求したこともたくさんあったし、家族や友人関係の付き合いや信用、スケジューリングもバラバラ…。
今思い出しただけでも恥ずかしくなってしまうほどです。
そう思うと、「継続力」という能力そのものは、持っていなければただの「ガキ」だけれども、今の時代の「恋愛」自体が本来持つ消費期限は、岡田氏の言うように3カ月や6カ月なんだろうなあ、と納得できるのです。
何事にも「継続力」がないから、恋愛が長続きしない奴。これも能力不足の「ガキ」。
お互いに(周りにも)迷惑をかけながら、片方が依存し続ける恋愛をダラダラと繰り返す奴。これも人間関係を自己管理できない「ガキ」。
…「恋愛は消費財であり、もはや人生における一大イベントとは成り得ない」ことを再確認したうえで、「恋愛」の心地よさとうまく付き合っていきたいものです。。
