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↓『30独身女、どうよ!?』(岡田斗司夫著、現代書林、2001)より引用(26)


う:こんな話をしていると、しみじみ思っちゃう。やっぱりもう本気の恋はできないのかもって。自分がいろんな面で大人になっちゃって、相手の欠点も見えちゃうし、ロマンチックなんてバカバカしくてっていう気分が湧いてくるし……


岡:ある30歳越えた女性が言ってたんだけど、なんで30越えたら恋愛ができないとみんな思っちゃうか。答えは「10代から20代でやった恋愛を、恋愛だと思っているから」だって。「あの本気で燃える恋をもう一度」とか思っているやつは、永遠に恋愛なんかできないって。
なるほど、と思ったね。
つまり、20代の恋愛は甲子園、30代の恋愛はプロ野球なんだ。


う:なんですか、その例え(笑)?


岡:「もうこの1球にすべてをかけて」「こいつを打ち取れたら死んでもいい」と思って投げるのが甲子園。負けて、泣いて、グラウンドの土を持って帰るのが美しい。20代の恋愛なんてそれでいい。
でも、30代の恋愛は違う。プロ野球。1回投げたら中3日が常識。次の試合まで3日間休憩とらないと肩を痛める。チームが勝っても自分の年棒が落ちることもある。年末には契約更新があるし、フリーエージェントになって、どの球団に属そうかと自分で考えないといけないかもしれない。
「おれ海外行って、大リーグに入ろうかな」というのも含めて、生き方とか、自分がどういうふうに生きたいのか、というのが常に念頭にあるのがプロ野球。30代の恋愛って、これでいいと思うんだ。
でもみんな、あの美しい甲子園の思い出ばっかり大切で、本気の恋ばっかりを探してしまう。


う:それ、うまい! 「甲子園」はわかりやすいなあ。


(中略)


う:恋愛だと考えると、プロ野球的恋愛の喜びは、自分でちゃんとスケジューリングできて、ベストの状態のもっていくよう、その都度その都度の采配を自分で下して、自分なりに意地になるべきところで意地になって、という、そういうとこですかね。


岡:う~ん、人によっては、そういう面が大きい場合もある。でもそれだけじゃなくて、もっと精神的な捉え方をする人もいるし。


う:何もかも捨ててじゃなくて、捨てなくていい人を探すとか。


岡:そうそう。共通してるのは、30代の恋愛こそが、日常の恋愛ってことでしょ。うさぎの友達でいつも彼氏が3人はいるっていう女性、多分、甲子園みたいな恋愛はしてないよね。


↑(引用ここまで)
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…『20代の恋愛は甲子園、30代の恋愛はプロ野球』!


岡田氏は、本当にうまいこと言います。
仕事やら付き合いやら家族やら友人やらを毎日毎日、自分の優先順位に従ってやりくりする私たち。
私たちはその上で、「恋愛」もその人間関係の中のひとつとして、しっかりスケジューリングしなければならないのです。
だって、いくら心踊る「恋愛」をしていたって、それ以外にこなさなくてはならない膨大な私的・公的な時間は、確実に毎日やってくるから。


仕事や友人関係にだって「責任」はついてまわるし、それに伴う喜びも、あります。
「仕事や勉強も手につかなくなり、友達とも疎遠になちがち。でもそれこそが、『本当の恋愛』!」と簡単に言えてしまうのは、日々の生活の中で「恋愛」の比重を大きくしても平気な、日々の「やらなければならないこと」がまだまだ少ない、悪い言い方をすれば「暇な」若者に限られるのであって、「恋愛」以外の「いろいろ」も大切にして生きたい「大人」には当てはまらないと思うのです。
…こう考えるとまさに、30代の恋愛は、『日常の恋愛』ですね。


自分の『日常』として、家族も、仕事も、友人も、恋愛も、自分の優先順位にしたがって、何にどのくらい時間と労力をかければベストなのかを考えながら、バランスをとって生きる。
バランスをとるどころか、いろんなものを犠牲にしなければ成り立たない「恋愛」をいい歳こいても追い求めるのが滑稽に見えるのは、それが結局は自分自身や周りの人たちを大切にできない「ガキの恋愛」にすぎないからではないでしょうか。


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