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↓『どうやらオレたち、いずれ死ぬっつーじゃないですか』(みうらじゅん・リリーフランキー著、扶桑社、2011)より引用(04)


みうら:人生の目的って、どうやらない、と聞くよ(笑)。


リリー:らしいですね……(笑)。


M:現代日本の高齢者の自殺は深刻だと思うんですけど、高齢や病気になると生きる意味や孤独にからめとられてしまうのかもしれないですね。
子供たちも手がかからなくなって、仕事も落ち着いて、そしてお金もなくなって、生きる目的が終了したって思いがちで、そうなったときに死を選ぶ傾向にある。
という意味では生きる目的が、子供を育てるためだとか、畑を育てるためだとかって思えば思うほど、結果的にそれが自殺の引き金になりますよね。
「目的」とか「意味」って罪な言葉ですよ。


↑(引用ここまで)
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あなたの人生の「目的」は何ですか? 生きる「意味」は何ですか?
…なあ~んて、どこかで聞きかじったような質問に、あなたは何て答えますか?
「仕事」?
「育児」?
「大切な彼氏(彼女)」?


まあ、そういう類の質問をする人の精神性についてはここでは置いておくとして、私は、「そういった人生のもろもろの”トータルバランス”で自分自身を納得させて死んでいくこと」こそが、「目的」なのではないか、と考えています。
…そのためか、「恋愛こそ私の人生」だとか「愛する子どもこそ私の人生」みたいな人たちを見ると、「あなたの人生、あなたの魅力って、そこだけなの? 人としてバランス悪くない?」といらぬ心配をしてしまうのです。


確かに恋愛は、最高です。他のものが手につかないほど有頂天になることだってザラです。
育児も、のめり込まなければやってられないほど大変だし、子どもは可愛いです。
でも、その「恋愛」がなかったその人の「人生」「魅力」はあったはずだし、「育児」がなかったその人の「人生」「魅力」もあったはずだと思うのです。
「恋愛」「育児」意外の人間関係だったり、趣味だったり、オリジナリティあるその人の「こだわり」「人生の楽しみ方」のトータルバランスこそが、その人の「魅力」を作り上げていたはずなのに、「恋愛」や「育児」がそれに加わった途端、他の「魅力」がないがしろにされてしまうのは、非常にもったいないと思うんです。


…あなたの周り(もしくはあなた自身)にそんな「もったいない」人はいませんか?
何かにのめり込んでバランスを崩していても、「素敵な生き方してるなあ」と思わせてくれる人の少なさに、こんなことをついつい考えてしまうのです。

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