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↓『30独身女、どうよ!?』(岡田斗司夫著、現代書林、2001)より引用(17)
岡田氏:「結婚できない」の裏にあるのは、義務を果たしてないといううしろめたさみたいなのもあるかもね。結婚するのは女の義務と思っている。
社会から「義務を果たしていない怠け者」と言われるような気がしちゃう。「お前は怠け者なのか、無能かどっちだ」と聞かれて、「無能」と答えるのはあまりにつらいから、「怠け者」と言ってるのに、「ひょっとしたら無能なんじゃないかな」というのが、「欠陥があるのかもしれない」ということでしょう。「欠陥がない」としたら、何になるかというと、「怠け者なんです、私は」ということだと思うんだ。
だから、「なんで結婚しないの?」と聞くと、女の人は自分のネガティブな面を説明する。「私はこうこうこうだから、結婚できないんです」と。つまり、怠け者であったり、「家事ができない」つまり「能力がちょっと足りないんです」というふうにアピールしてみると。もしくは、「なぜ『なんで結婚しないの』と聞かれなきゃいけなんですか!」と怒る。
なんでかというと、それが「義務だ」ということがもう軍隊教育のように擦り込まれているから。
うさぎ:そうか、そうか。軍人が戦争できないようなものなんだ。職業軍人なのに「オレは戦争できない」と言うのと似ているんだ。なるほど。だから「欠陥」という痛い表現を選ぶんだ。
岡:で、あえて聞くんだけど、なんでそんなに義務なの?
う:そうですよね。なぜ?
岡:誰が決めたわけでもないし。
う:あまりにも社会システムがそういうふうだったから? 子供を産むとか、家庭というものを作って、それを支える役割を、ずっと女がしてたから。
岡:女の義務として教えられたというのはわかる。でも、よりによって自分がそれをしなきゃいけない理由はどこにもないよね。
う:でも、根っこのほうに、強烈に染みついちゃってる。
岡:これを笑えるといいのにね。「女ってバカよね」って。
女の人の中には、これができて一人前という枠組みがあるじゃない。例えば「家事洗濯はできないんです」っていう場合、できて当たり前、できて一人前だけど私はできないんです、ごめんなさい、とか。逆に「でも、男女平等なんだから別にいいでしょ?」とか、「世の男は、女はできて当たり前と考えているみたいだけど違うわよ」という過剰な反発とか、そういう抑圧がある。
その大きなものが、「まともな女だったら、27、8で結婚して30前とか、30ぐらいで子供を産むんで当たり前でしょう」というやつ。それをしないというのは、自分がまともじゃないというのを認めるということになっちゃう。
こと結婚に関しては、「あんな女もしているのに、私にはできない」という風につい考えちゃう。この辺が「結婚しない」じゃなくて、「結婚できない」思想につながってくるんじゃないのかな。
だから、すごく仕事ができて結婚なんかしなくても構わないような女の人ですら、「私みたいに仕事がバリバリできる女は結婚できないのよね」って言う。「できない」グループになっちゃう。「男がそういう風に見てくれないのよね」とか「私みたいに仕事がバリバリできる女でも、弱さみたいなものを演出できたら結婚できるのよ」「私にはそれができないから、結婚できない」という、能力の話になっちゃうんだ。
↑(引用ここまで)
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…『例えば「家事洗濯はできないんです」っていう場合、できて当たり前、できて一人前だけど私はできないんです』。
…『私みたいに仕事がバリバリできる女でも、弱さみたいなものを演出できたら結婚できるのよ』。
「結婚できる」ために必要なスキルが、「家事」だとか「弱さ」だとか言ってのけちゃうことに、どうにも前時代的な匂いを感じてしまうのは、私だけでしょうか? …私に言わせれば、もう「死語」ですよ。
たとえば、「女は、家事ができなきゃ」。
炊事・洗濯・掃除なんて、ひとり暮らししてる男だったら、誰でもやってます。誰かにやってもらう必要なんか、どこにもありません。
誰かにやってもらえたらそりゃラクかもしれませんが、ダスキンのおばちゃんにお金払って来てもらって部屋の掃除をしてもらうのと、なんにも変わりがありません。
たとえば、「女には、弱さがなくちゃ」。
「弱さ」とは、「誰かに頼らないと生きていけない」こと。つまり、誰かに保護してもらわなくちゃいけない「子ども」みたいなものだと言っていることに他ならないのです。…これも失礼な話ですよね。
経済的にも、精神的にも、保護してあげなくちゃいけない「女の子」。
世の男性は、いつまで「女の子」と付き合い、「女の子」と結婚するのでしょう?
…私自身、家に洗濯物を干して、仕事中に急な夕立ちがあったときかなんかに、「結婚」という言葉が頭をよぎることがあります。
日中家に誰もいないので、郵便物が受け取れないときにも、そういう気分にさせられることも、あったりします。
…でもふと思うのです。
それって、結婚相手を「家政婦」扱いしてるんじゃないのか、と。
そんな「結婚」なんて、本当に必要なのか、と。
とはいえ未だに、「女は家事ができて一人前」「女は弱さがなくちゃ結婚相手として見てもらえない」という言葉はなくなりません。
…「女」に生まれてきたというだけで、そんな風に一生言われ続けなくちゃならないとしたら、私だったら、とても耐えられそうにありません。。
