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↓『超思考』(北野武著、幻冬舎、2011)より引用(28)
そうかと思えば「これは寄付されたものでやっているので無駄遣いではありません」なんてテロップもある。
無駄遣いがいけないなら、マラソンだって禁止にしなきゃいけない。
スポーツジムで、痩せるために自転車漕いだり走ったりするのも、もちろん禁止だ。
食わなきゃいいだけなんだから。
まして世界には飢えている人がたくさんいる。
自分の食う量を減らして飢えた人に送ってやれば、何もしなくたって痩せられるはずだ。
それを食いたいだけ食って太って、わざわざジムに通って必死で汗を流して痩せるなんて、そんな無駄なことをしている人間は、非難されなきゃおかしい。
理屈でいえばそうなるはずだ。
無駄遣いが不道徳であるならば。
この話が滑稽なのは、人間の文化なんてモノはテレビ自身を含めて、基本的にはすべて無駄遣いだということがわかっていないところにある。
その無駄遣いの象徴みたいなテレビ番組が、必死に自分たちは無駄遣いはしていません、なんて言い訳している。
こんなに笑える話はない。
↑(引用ここまで)
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冷暖房をいくら節約しても、液晶テレビをつけている方が、その1.7倍も電力を使っているといいます。
そりゃ、テレビ番組は言わないですよね。「冷暖房よりテレビを消して節電しましょう」とは。
ついでに言えば、ニュースか何かでいくら「節約術」が紹介されたとしても、「インターネットを使うのをやめましょう」「携帯電話を使うのをやめましょう」「自動販売機をなくしましょう」「コンビニを利用するのはやめましょう」という意見も、一向に聞きません。
あんなにバカ高い料金を電話会社やプロバイダに毎月払わされ続けていたり、夜通し煌々と自動販売機やコンビニが営業しているのを誰もが横目に見て生活しているのですから、誰かが言い出してもいいように思うのですが…。
要するに、「節約」「エコ」「無駄遣いをやめましょう」とか何とか言いながら、ある一定の既得権益・「便利さ」を手放さない程度の「節約」「エコ」意識しか、みなさん持ち合わせていないということです。
…そんな中途半端な覚悟しか持ち合わせていないのに、「地球のために」なんてもっともそうなことを口にする人間の神経がわかりません。
携帯電話にインターネット、コンビニ、自動販売機、自家用車…そんな「既得権益」のどれかひとつでも手放してから言えや、と。
私が言いたいのは、「テレビは決して”テレビを消しましょう”とは言わない」ということ。「インターネットは決して”インターネットをやめましょう”とは言わない」ということです。
「必要最低限度の生活」とか何とか言って、「既得権益」を手放す気などさらさらない”衆愚”国家「日本」に、「足るを知る」国民性が育つ未来など、やってこないのかもしれません。
