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↓『30独身女、どうよ!?』(岡田斗司夫著、現代書林、2001)より引用(13)
岡田氏:じゃあさぁ、なんでうさぎは、さっさと結婚して、失敗しちゃわないわけ?
うさぎ:えっと、だから、いい男がいない気がして……
岡:いい男とは結婚できないっていうのは、前章で言ったよね。それはあきらめて、結婚に適切な相手を探して、結婚しちゃって、ダメならダメで、さっさと大人になったら?
う:だって、1回失敗したら、再婚って難しそうだし。なんか、ふんぎりがつかないのかなぁ。
岡:離婚した女性ってステキだと思うけど、どうも男性一般に女を見る目がないからねぇ。高校球児が泣きながら甲子園の土を持って帰るのを美しいと感じるように、離婚した女の人が泣いてるのを、美しいと感じる感性が男にありゃ、もうちょっと状況はマシになるのに。
ほんとにあれに似たようなもんだと思うんだ。結婚して、子供も産んでみた。自分なりに、せいいっぱい戦ったと。だけど、ダメだった。そこで流されるのは、さわやかな涙なわけ。
で、人生の本番は、そこから始まる。与えられた物語から解放されて、ようやく、自分自身で選択する人生が始まるんだ。
だけど、どう見ても、女の人って、人生80年の楽しい部分を前半に置いちゃってる。つまり、いろんな男の人ともつきあって、恋愛も楽しんで、旅行に行ったりおしゃれをしたり、と結婚するまでは、楽しいこと満載なわけ。
だから、人生の前半というのをどうやって伸ばすのかに、腐心しちゃう。「恋愛をしてないと人生が終わったように感じる」とか、「出産して子供を生んで、女を失っていくのは嫌だ」と言うのって、すべて人生前半思想なわけだよ。いつの間にか「自分の人生には旬がある」と決めちゃってる。だから、その旬というのを伸ばす、いうふうに考えちゃう。
う:そうかもしれないけど。でもそれって、女の方でも思ってるよりも先に、男から強烈に思ってるんじゃない?
岡:その通り! 30独身女っていうのは、その引き伸ばしというのがもう限界に来てる人達なんだよね。あと多分5年は伸ばせる。35歳まで。で、自分の心意気次第では、40まで伸ばすのも可能なんだけど、その方法で伸ばしていいのか、自分は結局、これからどう生きたいんだ? と悩んでる。
う:というか「引き伸ばすのが、ほんとに当たり前なの?」っていう不安が生まれてきちゃう。もう、しょっちゅう。
岡:もっと70年、80年っていうような人生尺度で考えたら、違うんじゃないの?
う:その通りですね。「引き伸ばす」というのは、「30歳なのに、20歳みたいに生きる」ということでしょ? でもそれは違う。30代には30代そのもの生き方があるはず。じゃあ、どう生きようっていうことですよね。
↑(引用ここまで)
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…『人生前半思想』。
本当に岡田氏は、うまいこと言います。
失礼を承知の上で言わせてもらえば、男性も、当の本人である女性自身も、「女性も男性同様人生は80年ある」ことはわかっていながら、どうしても女性の人生の前半に、「旬」の時期があると考えていると思います。
また女性は、「旬」の時期に結婚相手を見つけなければならず、子供を産み育てたら、そこから先の人生は、「旬」の時期ほどの輝きはないと思っていたりする、とも思います。
その後も、何十年と人生が続いて行くにもかかわらず、です。
…『人生の本番は、そこから始まる。与えられた物語から解放されて、ようやく、自分自身で選択する人生が始まるんだ』。
岡田氏の言うとおりだと思います。
そして、さらに言えば、『自分自身で選択する人生』は、女性が『イニシエーション』(前回レビュー参照)を終えた後に始まるものなんかではなく、女性がこの世に生を受けたときから始まっている、とも思うのです。
容姿に恵まれて生まれた人が、物心ついた頃から周りにちやほやされるもんだから、自分の容姿以外の部分を磨くことを忘れてしまったりするのと同じように、「女性」も、「女」として生まれ、「女」として幸せに生きることばかり周りに言われ続けて育ったもんだから、ひとりの「人間」として逞しく生きることを忘れてしまうんだと、私は思うのです。
「亀の甲より年の功」なんて言葉は死語に成り下がり、「若い」「女性」ばかりがもてはやされる昨今(最近は「男性」にまでその手が伸びる勢いですが)、「人生の旬」や「結婚」なんてものに縛られ、そして考え方もずっと縛られ凝り固まったまま人生を終えていくことをよしとする世の流れに、私は大きな危惧を感じてしまうのです。。
