------------
↓『30独身女、どうよ!?』(岡田斗司夫著、現代書林、2001)より引用(03)
岡田氏:ぼくが思うに「男には愛情がないんだ」っていう説が有望だと思ってるんだけど。
『サラリーマン金太郎』というマンガに書いてあったんだけどね。「男にあるのは欲望と責任感だけ。その”欲望と責任感”は、女の子が持ってる”愛情”という感情にすごく似てるけども、違うから気をつけたほうがいい」っていうセリフがあってね。うまいこと言うなあと感心したわけ。
うさぎ:女の愛情と男の愛情は、違っているということ?
岡:そうとも言える。
その女の子がほしい、自分のものにしたいという欲望、所有欲があれば、それに比例して責任感が涌いてくる。その所有欲と責任感を合成すると、まるで愛情があるように見える。だけど、女の子が持っている愛情とは違う。
女の子の愛情とは、独占欲と献身性。つまり「あの男が他の女を見るのは許せない」という気持ちと、「あの人の役に立ちたい」とか「あの人の言うままにしてあげたい」という気持ち、この2つが合体したものなんだ。これが、女の子の愛情の正体なんだけど、これとはすごく違うものなわけ。
う:確かに、私は彼にあんまり責任なんか感じなかったですけど、彼は私に責任を感じてるみたいでしたね。
岡:そうでしょ? で、欲望だけで責任感のない状態が”余裕のある男”。もし自分の身の周りの男が「もうみんなせこせこして、余裕がなくてイヤ」と思うんだったら、「私に責任感を持たなくてもいいよ」って言ってあげるといい。それを納得できたら、急に相手は余裕が出てくるよ。ただしそれは、君たちが考える愛情じゃない。単に責任感を軽減しただけ。
↑(引用ここまで)
------------
…『男にあるのは欲望と責任感だけ』!
なるほど本宮氏、うまいこと言います。
一見極端な物言いにも聞こえますが、我々男性の「好き」が、女性のいう「愛情」(独占欲と献身性)とはどこか別ものなんじゃないか、と言われれば、思い当たるフシがたくさんあります。
あくまで割合で言えばですが、男性の「好き」の方が、「支配したい欲求」と、支配した後の「責任感」が多くを占めているように思えますし、女性の「好き」の方が、「私だけ見ていて欲しい欲求」と「何でもしてあげたい欲求」が多く占めていると思うのです。
私がこの話を聞いておもしろいと思うのは、「男性・女性が恋愛に何を求めているか、その違い」を客観的に見る新しい視点を提供してくれている、というところです。
男性でも「献身性」の強い人はいますし、女性でも「支配欲求」が強い人も、当然います。
でも、なにか二人の間にトラブルがあったとき、その原因きっと、「男性・女性が恋愛に何を求めているか、その違い」へのお互いの無理解から起こっていることが多いに違いない、と思うのです。
…自分の「好き」は、一体どこから来ているのか。
セックス?
支配欲?
献身性?
…同じように、相手がこちらに向けてくれている「好き」は、一体どこから来ているのか。
その自分の欲望の比重を自覚したり、相手の欲望の中身を客観的に見たりすることで、「自分はこうだから、きっと相手もこうだろう」という思い込みや、「なんであの人は私の生活まで縛りたがるんだろう?」というイライラまで、うまく解きほぐしてくれると思うのです。
そして何より、自分がどの程度相手のことが「好き」なのかを自覚することで、またその「好き」を相手と見比べ比較することで、自分がこの「恋愛」に何をどのくらい求めることが可能なのか、推し量ることができると思うのです。
…ただ食事したりセックスしたりする相手がとりあえず欲しいから、一緒にいるのか。
…毎日会って、とにかく一緒にいれればそれで十分、と心から思える「好き」なのか。
…この人と子どもを育てたい、と思うくらいの「尊敬」もそこにあるのか。
…一方で、相手はどのくらいの「好き」なのか。
「みんなから認められたい・認めさせたい欲求」と「献身性・世話好き」のカタマリのような私の「恋愛」は、一体どこへ行くのでしょうか?
