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↓『30独身女、どうよ!?』(岡田斗司夫著、現代書林、2001)より引用(02)
岡田氏:ぼくが思うに、余裕ある態度って、相手の女の子をなめ倒すところから生まれるんだ。
同い年ぐらいの子とつきあう時は、本気になっちゃう。本気になると、態度に余裕がなくなる。相手の小さい欠点も許せない。相手の反応、1つ1つに一喜一憂する。
うさぎ:セックスに関しては、本気だからこそ余裕がない、ってわかる気もするけど、それ以外のことでもそうなっちゃいます?
岡:少しでも本気で好意を持つと、相手の女の子に説教しちゃったりする男って、圧倒的に多いんだ。キャバクラでさえ、めあての女の子に説教したくなっちゃう。バカだよねぇ、男って。嫌われるってわかっていてもやめられない。
う:たいして重要とも思えない細かいことを色々言われるのって、いやんなっちゃいますよ。私の言うことはいい加減に聞いているクセに。ほんとに私が好きなの? 自分の好みを押しつけたいだけじゃないの? って、腹立ってきちゃいますけどね!
岡:い、いや確かに、お気持ちはわかるんだけど、気を静めてね。本気度が高いほど、説教したくなるというメカニズムになってるってことは事実なんで。
でも中年男性の場合、若い女の子とは完全に遊びでしょ? 適当につきあえる。その女の子の性格がこれ以上崩れても、気にならない。賞味期限内のつきあいっていうふうに割り切っちゃってる。
だから「うへぇ、この女の子、嫌な女だな」って思っても、「ああ、お前はそれでいいんだよ」っていうふうに言えちゃう。それは、器の大きさもあるんだけど、完全に無責任なポジションだからなんだ。
う:なるほど。ほんとはそれでよくなくても、適当に機嫌だけとってるわけか。「自分の子供は叱るけど、他人の子供は叱らない」みたいなもんですか?
岡:そうそう。だけど普通、女の子ってちゃんとつきあってる彼氏からは、そんな風にいい加減には扱ってもらえない。
う:つまり、女の子に対してちゃんと愛情を持っている限り、男は女に説教する。それが余裕がない態度に見えちゃうってことですよね。でも、なんで、説教なんです? もうちょっと女の子にも嬉しい愛情表現であってもよさそうなのに。
(つづく)
↑(引用ここまで)
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…『ほんとに私が好きなの? 自分の好みを押しつけたいだけじゃないの?』
…『「自分の子供は叱るけど、他人の子供は叱らない」みたいなもんですか?』
私も若い頃、よくこの壁にぶち当たりました。…いや、この歳になってようやく説教のしかた・教育のしかたが上手になってきただけで、今も相手に「説教をしたがる」本質は変わっていないのかもしれません。
問題は、男が恋愛に何を求め、女が恋愛に何を求めているか、です。
人それぞれと言ってしまえばそれまでですが、私の経験上、特に若い女性は、「ありのままの自分を受け入れてくれる、それが恋愛であり、彼氏である」という「恋愛」というものに対する自己肯定欲求のウェイトがかなり大きいように思うのです。
だから、男の目から見て、「そこは直した方がいいんじゃない?」「その言い方はいくらなんでもナシでしょ?」みたいな注意をしても、「なに? ありのままの私のことが好きなんじゃないの?」「私のことをそんなに不快にさせるなら、もういいわ」と、逆ギレすることが多いんだと思うのです。…その女性に向上心がなければないほどに。
まあ、説教する側がそれまでに、「自分の言動を客観的に見て、注意されたら直すべきところは素直に直せる関係作りをしておく」「自分はふたりの関係を長続きさせたいから、人間として注意すべきところはちゃんと日常的に注意するし、自分も注意されたら逆ギレはしません、という共通理解を作っておく」などの人間関係づくりをせずに、相手に不快感を与えるだけの説教をしてしまい、トラブルの原因になってしまう…みたいな場合も、多々あると思います。
でも、これって、まるで子どものしつけのようじゃありませんか?
…こちらが説教しても、子ども(相手)が逆ギレしないように、普段からちゃんと言い聞かせておく。
…「自分は今成長しなくたっていいもん」みたいな開き直りを子ども(相手)に言わせない雰囲気作りをちゃんとしておく。
…注意するからには、自分もそれ相応の行動を日々し続ける。
これはまさに、「教育」です。
日々の「陣地取りゲーム」で、相手の非常識やワガママを一切許さない。その場その場でちゃんとクギをさしておく。
一度でも例外を許せば、次回からもそのワガママは通ってしまいます。それは、その子にとっても、周りの人間にとっても、とっても不幸なことだと思うのです。本人が、どう思おうとも。
また、自分の言葉に「説得力」を持たせるよう計算して日々行動し、相手が「納得すること」に不快を感じないように仕向けていく。
…それがヘタクソだから、トラブルになるのです。
私も、自分が「ヘタクソ」であることは棚に上げておいて、「なんてワガママな奴なんだ!」「自分が言っていることは正しいはずなのに、なんでわかってもらえないんだ?」と、毎日よく悩んだものです。。
岡田氏の言う、キャバクラのお姉ちゃんに説教して嫌がられる例なんかも、結局、相手の子に「向上心」や「聞く姿勢・人間関係」ができていないのに、プライドや「お小言」言いたさにまかせてお説教してしまうから、いけないのです。
要は、いざというとき(相手の言動を不快に感じたとき)に、「お説教」が通じるお膳立てを日頃からしていない人が、そのときの気分で「お説教」しちゃイカン、ということです。
もう一度言います。
問題は、男が恋愛に何を求め、女が恋愛に何を求めているか。
私は、良いか悪いかは別にして、「恋愛」も人間関係のひとつなんだから(というか、自分にとって非常識な行動を連発されると私がイヤになっちゃうので)、ちゃんとお説教(洗脳)もして、日々スキンシップもします。
一方、これも良いか悪いかは別にして、「恋愛」は唯一「自分のありのままを認めてくれるもの」だと考えている人も、います。人間的成長は、「恋愛」とは別のところですればいい。
はたまた、自分の「プライド」や「所有欲」、「お説教」することでの優越感を得るために、「恋愛」をする人も、いると思うのです。
…その人が、恋愛に、この人間関係に、何を求めているか。
そして、自分とのギャップはどこなのか。
この分析をしなかったために、しなくてもいいトラブルを幾度となく起こしてきたあの頃には、もう戻りたくないなあ。。(笑)
