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↓『30独身女、どうよ!?』(岡田斗司夫著、現代書林、2001)より引用(01)
もう恋愛なんてしなくてもかまわない、と投げやりになる人も多くいました。
けれど、30代こそ積極的に恋愛するべき年齢だと、私は思います。
はっきり言って、10代の恋愛なんて、ホルモンだけでできます。ホルモンに流されて、つい相手がステキに見えてしまうだけの単純な恋愛。次に来る20代の恋愛というのは、悪い言い方を恐れないなら”打算の恋愛”です。相手の一挙一動に「こいつと結婚したらどうなるか」「親がうるさそうだな」と計らざるを得ない時期の恋愛。そういう事情を超越した、本当に自分らしい恋愛ができるようになる時期。それが30代の恋愛のはずです。
しかし、”30独身女”は、いろんな「言葉」で呪いをかけられています。
「いい男がいない」
「結婚しなくちゃいけない」
「恋愛しなくちゃいけない」
「30歳になったら終わりだ」
こんな「言葉」で呪いをかけられた彼女たちは、恐がりのうさぎになってしまいました。
↑(引用ここまで)
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…私の過去の恋愛を振り返ってみると、まさに岡田氏の言うような状態だった、と今は思えます。
10代の恋愛は、まさにホルモン。
自分の性欲を満たすためのセックスばかりしていたし、彼女のワガママを聞くことが自分の役割だと信じきっていたし、お互いにプライドは高く、自分の欲求と、個人としての持ち時間と、家族や友人との時間のペース配分がぐちゃぐちゃでした。また、それこそが「恋愛」とすら思っていました。
20代の恋愛は、具体的に「結婚」を意識したものであったように思います。
親に会わせても恥ずかしくないか。
ストレスなく一緒に暮らせるか。
それでもまだ、10代の頃より経験値が増えたとはいえ、自分と相手との「陣取りゲーム」に必死だったと思います。
…「自分の欲求」ばかり求めようとしたり。
…「それはおかしい」と主張すべきところをガマンしてためこんでしまったり。
岡田氏が言う『打算の恋愛』にすらなっていない、もっとヘタクソな関係の持ち方でした。
礼儀作法をわきまえている。
他人へ配慮して行動できる。
話がおもしろい。
洞察力をもって、まともな話もできる。
…こんな条件をクリアしてくれる、男のツレは、ちゃんといます(幸運なことに)。
ならば、女性に一体何を求めるのか。
気持ちが入っていなければ、セックスもあまりしたいとは思えなくなってきてしまいました。
いくら美人で、こちらに気持ちを向けてくれていても、アホな言動ひとつふたつされるだけで、興ざめしてしまいます。…当然、そんな子とセックスをしてみても、あまり気持ちよくありません。
10代のときのように、まるで相手の体を使ってするオナニーのような、セックスとも呼べないセックスすら、どうにもやる気にならないのです(10代の私から見たら、考えられない心境でしょう!)。
…30代の恋愛とは何なのか。
岡田氏の言う『30代こそ積極的に恋愛すべき年齢』『そういう事情を超越した、本当に自分らしい恋愛ができるようになる時期』という言葉に勇気づけられたいと思って、私はこの本を手に取りました。
「恋愛、結婚、セックスの三位一体主義に我々はとらわれすぎている」と岡田氏の前著『フロン』をテキストに、以前この【哲学】でも二十数回にわたってあれこれ考えました。
今度は、我々のどんな固定観念を打ち砕いてくれるのでしょうか?
