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↓『超思考』(北野武著、幻冬舎、2011)より引用(22)


自由競争という資本主義の原則からすれば、世の中が極端な金持ちと貧乏人に二極化するのは、お天道様が東から昇るのとおなじくらい当然のことだ。


金持ちは持ってる金の力でますます金持ちになり、貧乏人は反対にじゃんじゃん吸い取られる。
インターネットにしても携帯電話にしても、要するに貧乏人から金を吸い上げるシステムだ。
ニートだの引き籠もりだの、仕事をしない、税金はもちろん払わないというような奴だって、ネットや携帯電話の費用はなんとか工面する。
これほど効率的に金を集めるシステムはない。
水は高いところから低いところへ流れるけれど、金は低い場所から高い場所へ吸い上げられるというわけだ。


一部の金持ちは別にして、一般大衆の世論は当然のことながら二極化には大反対だ。
けれど口先では反対しながら、実際には自分自身の行為で二極化を推進している。
安売りの行列に、平気な顔をして三時間でも四時間でも並ぶ。
平気な顔というよりも、最近ではまるでそれが楽しみのようなことになってしまった。
あれほど恥ずかしいことはないと思うのだが、「いつから並んでるんですか?」なんてレポーターにマイクを向けられようものなら「一昨日の夜からです」とか、ものすごく得意気に答えたりしている。
そうかと思えば、詰め放題名人の主婦とかが登場して、ビニール袋にサンマだのミカンだのをたくさん詰める裏技をレクチャーするニュース番組まであったりする。
見ているこっちまで恥ずかしくなるような光景だけれど、本人たちはちっともそういう風には感じていないらしい。
名人なんて呼ばれて嬉しそうな顔をしている。
俺に言わせれば、ただ意地汚いだけの話だ。


まあ、そんなことをテレビで言おうものなら、抗議電話が殺到するのは確実だ。
不況で亭主の稼ぎが減ったから、子供たちを必死に喰わせようとしているだけだ。お前にはその苦労がわからないのか、とかなんとか。
百歩譲ってその通りだとしても、だったら人に知られないようにやれよ、と言いたい。


そもそもそういうバカみたいな安売りが、回り回って自分の亭主の給料を減らし、子供たちの首を絞めているのだということをなぜ考えないのだろう。
安売り合戦でデフレが進んで、二百円とか三百円でランチが食べられる。
おかげで助かってます、なんて笑ってるけれど、薄利多売のしわ寄せは、最終的には働く人間が背負うことになるのだ。
貧乏人が貧乏人の首を絞め合っているだけの話なのに、それを見せ物にして得意になっている。
背後にいる金持ちは、素知らぬふりで笑っている。
いつの間に、こんな悪趣味な世の中になったのか。


↑(引用ここまで)
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100円ショップに、2~300円で叩き売りされる弁当。
私は、そんなお店を見るたび、(大きなお世話かもしれませんが)「そんなに薄利多売で大丈夫? カネならちゃんと払うから、適正価格でちゃんとしたものを売って欲しい」と思ってしまいます。
あんなものが100円や200円で手に入るのは、はっきり言って異常だと思うからです。絶対に、どこかで無理をしている。


原材料を安く仕入れれば仕入れるほど、下請け工場や農家はその安価競争にのっからなければやっていけないでしょうし、またそんな「安かろう、まずかろう」の店ばかりに大衆の目が向けば、まっとうな個人経営・中小企業の店がどんどん潰れていってしまいます。残るのは、大量生産・大量破棄が可能な大手企業だけ。…まさに「デフレ」ですよね。


それでも一部のお金持ち向けの高級志向のブランドや飲食店は残るでしょう。
そして大衆向けに残るのは、100円ショップやマクドナルド、回転寿司のようなお店だけ。
…こんな環境の中で暮らしていけば、大衆の中に「文化」や「品」が育つわけないですよね。


つまり、二極化を進めれば進めるほど、飼いならされた大衆が安いもの・安易なものに飛びつけば飛びつくほど、我が国の「文化」は廃れ、「品」のない国民性が定着していくのです。…ああ、おそろしい!


そんなことを偉そうに憂いている私だって、100円ショップも利用しますし、マクドナルドにも行きます。
ただ、買う側をバカにするような安売りには飛びつきませんし、行列にも並びません。何時間も渋滞するようなところに自動車では出かけません。「得した気分」より「プライド」を優先します。


そんな「プライド」「やせ我慢」を大切にする自分でありたい、国であってほしいと強く思いながら、今日もひとり抵抗です。。


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