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↓『哲学』(島田紳助・松本人志著、幻冬舎、2003)より引用(40:松本)


別に充実させたいほどの趣味もないし、他に興味のあることもない。
「趣味を作らなあかんなぁ」と、思ったりすることもまったくないではないのだが。
しかし。
趣味というのは、「さぁ、どっかに趣味ないかなぁ」と探して見つかるようなものではない。
何か趣味が欲しいと思って、その”何か”を趣味にしたとしても、その時点でそれはすでに趣味ではない。
そんなこと考えなくても、気がついたらいつの間にやら趣味になっているのが趣味なのだ。
まるで禅問答みたいだが。
そういう意味で、僕は無趣味だ。


↑(引用ここまで)
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…『さぁ、どっかに趣味ないかなぁ』。
こういう、「いわゆる趣味」みたいな”アリもの”を形から求めてしまうこと。
言葉や概念が一人歩きしてしまっている、とでも言えばいいのでしょうか。
私は、どうもこの種の発言や発想に出くわすたびに、「あなた自身は何を心地よいと感じるの?」「気づいたら○○してしまっていたことってないの?」と聞きたくなってしまいます。
わかりやすい例でいえば、「彼女(彼氏)欲しいなぁ」とか。
子どもや若者に向かって「夢を持て」とか。
「おもしろいこと、ないかなぁ」とか。


松本氏が『何か趣味が欲しいと思って、その”何か”を趣味にしたとしても、その時点でそれはすでに趣味ではない』と言うのと同じように、「恋人が欲しいと思って、その”誰か”を恋人にしたとしても、その時点でそれはすでに恋人ではない」と思うのです。
「夢を持って欲しいと思って、その”何か”を夢にさせたとしても、その時点でそれはすでに夢でない」と思うのです。


…そんなこと、わかって言ってるって?
…そんなの、ただ愚痴言ってるだけだって?


だったらもっとおもしろく話せや。
聞かされる側への配慮が足りなさすぎます。
内容のない、うすっぺらい会話をするなら、せめて、おもしろく! …これは、私のポリシーというより、もはや「趣味」なのかも知れません。。(笑)


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