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↓『哲学』(島田紳助・松本人志著、幻冬舎、2003)より引用(34:紳助)


この国ではコケたらあかん。
この間、番組で知り合って、ずっと文通していた子がウチへ遊びに来た。
海外青年協力隊でジャマイカへいっていたのだが、日本に帰ってきたときのこと。東京から自転車で大阪まで、六日間かけて。
ウチに泊まって、喋っていったのだが、その子がこんなことをいった。
「日本は寂しい国です。二年ぶりに帰ってきてショックばっかりです。いちばんショックだったのは、自転車からコケたときです」
崖みたいなところから落ちて、自転車が壊れて、自分も怪我して、痛くて動けなくて道ばたでうずくまっていたらしい。
「いろんな人が通りました。みんな僕を見ました。目も合いました。でも、誰も助けようとはしてくれませんでした。『大丈夫か?』とか『どうしたの?』すらいわない。誰も声さえもかけてくれませんでした。どうしてでしょう?」
まじめな子なのだ。僕はこう答えてやった。
「いや、この国ではコケたらあかんねん。この国でコケた君が悪いねん。ジャマイカでは貧しいから、コケたら助けてくれる。でも、ここでは誰も助けん。そやから、コケるような計画で、東京からここまで走ってきた君が悪い。無理して走ったやろ。だからコケるんや。この国ではコケたらしまいや。この国はいつからか、コケたらあかん国になってしまったんやから」
そしたら、その子が大笑いして、絶対にそうですねって。その後、メールが来た。
「帰りは絶対にコケません」って。
そういう国になってしまったのだ、日本という国は。


↑(引用ここまで)
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…『この国はいつからか、コケたらあかん国になってしまったんやから』。
「昔はよかった」なんていうノスタルジックな感傷なしに、こういう話を笑い話にできてしまう紳助氏も素敵ですが、「何をするも自由だけど、自己責任」という方向へこの国がどんどん進んでいってしまっていることは、私も強く感じます。
良くも悪くも、資本主義の国が行き着く先は、「自己責任」。「ダマされる奴が悪い」。


…いつだったか、『真剣10代しゃべり場』で岡田斗司夫氏が言っていました。
電車オタクやアニメオタク、ロリータファッションなど、人と違う趣味を持っているというだけで、人から変な目で見られてしまう。
こういう話をするときまって「イヤならやめればいいじゃん」「言われても気にしなきゃいいじゃん」と人は簡単に言うけれど、「サッカーが好き」「野球が好き」と、みんなが好きなものを好きな人たちより、強くなきゃやっていけない世の中も、悲しいよね、と。
誰も彼もが「強くなれ」「強くなれ」と言うばかりの国になってしまったんだなあ、と。
…10代の出演者にもわかりやすいよう言葉を選んで話しながらも、岡田氏のやるせない表情が印象的だったことをよく憶えています。


…日本という国が、「すべては自己責任だ」「強くなればいいじゃん」と言うばかりの国になっていくことは避けられない流れになっているとは思うのですが、そういう言葉ばかりが行き交う世の中を考えると、岡田氏同様、やるせない気持ちにさせられます。。


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