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↓『哲学』(島田紳助・松本人志著、幻冬舎、2003)より引用(33:紳助)
お金とは、心の安心感だと思う。
よく、人はお金を持っては死ねない、あの世へお金を持っていけない、なんていうけれど、それは違うと思う。
人はお金を持って死ねるのだ。
お金を持って死なないかんと思う。
たとえばもし、七十歳の何月何日に死ぬと、ちゃんとわかってるなら、その日から逆算して、自分の持ってるお金をぜんぶきっちり使い切るのがベストだ。
だけど、人間いつ死ぬかはわからないから。「七十歳で死ぬやろ」と思ってお金を使ってたら、九十歳まで生きてしまったとする。そしたら七十歳で金がゼロになって、あと二十年間は路頭に迷うことになってしまうじゃないか。
そうではなくて、死ぬまでお金の心配をしなくていい、老後の心配をしなくていいというのが理想だと思う、どう考えても。家賃どうしよう、ガス代どうしよう、なんて考えずに、死ぬまで好きなもん食べて、買いたいもの買って、行きたいとこ行って、という生活ができる人がいちばん幸福な人だと思う。
それで死ぬときはお金いっぱい残っていてどうするんだといわれそうだが、それでもお金を持っているという心の豊かさってあると思う。心の豊かさのために、お金は必要なものだと僕は思う。
まあ、それは僕の考え方であって、お金というものに対する考え方は、人それぞれで違うものだとは思うけれど。
↑(引用ここまで)
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…人が生きることと「不安」。
この問題は、それこそ我々人類がこの世に誕生してから、ずっとついてまわっているものだと思います。
明日も食糧を確保できるか、という「不安」。
ポンとこの世に生み出され、何を目的として生きていったらいいのか、という「不安」。
「科学」や「哲学」の追求も、もとをたどればこういった「不安」への対処からはじまったのだと、私は思うのです。
岡田斗司夫氏も、『フロン』のあとがきでこう言っています。
「でも、この『何となく不安で寂しい状態』こそが、人生の本質なのだろうとも思います。この寂しさをいかに紛らわすかが、幸せを追求するという行為の本質なのでしょう。」
…「幸せ」は「お金」では買えないと言うけれど、紳助氏のようにたくさんのお金を手にしたこともいないくせに、「世の中お金じゃない」みたいなセリフは言いたくないものです。。
