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↓『哲学』(島田紳助・松本人志著、幻冬舎、2003)より引用(32:松本)


お金のことを話すときに、僕が時々やっている寄付の話が出ることがある。
たしかに僕が寄付をしていることは、ほんとなのだけど、これについては、正直なとこ、あまり書きたくはない。
ただ、僕の中にも、いろんな自分がいるというだけのことなのだ。
一方では、
「ほんま世の中、ボケやアホばっかりで、僕の凄さをまだわかってない奴が多すぎる!」
と、そんなことを思いつつもその反面で、
「でも、こんなにお金貰ってもいいのかなあ」
という、自分もいるのだ。
今日はたった一時間やっただけで、あんなに貰ってしまって、ウチの親父や同級生くらいの子なら、これだけ稼ごうと思ったら、このくらいは働かなきゃいけないのにって思ったりして、非常に恐縮してしまう部分もあるのだ。
そういうときにふと、
「たまには、そんなこともせんとバチが当たるんちゃうか」
みたいな気になったりもするのだ。
それで、ちょっとしてみるだけ。


寄付する相手は別に決めてない。たまにニュースとかを見ていて、ちょっと気になったりすると、ふっと金を送ったりするだけのことなのだ。
本当はもっと寄付もしっかりやりたいのだが、その前に税金の無駄遣いをやめてほしい。これは逃げているわけではない。
あんまり寄付ばっかりしていると、いつまでも税金の無駄遣いがなくならないんじゃないかという気がするのだ。
選挙にもぜんぜん行かないし、政治にも興味はないが、最低限のことは知っておこうと思う。
何かのときに、文句がいいたいから。
でも、あまり知らないのだが。
僕が本気になる前に、ちゃんとせえ! ってことかな。
税金を無駄遣いせずに、それでもなおかつ足りないというのだったら、できる限りのことはさせてもらうつもりだが。寄付したところで、ほんとうにちゃんと必要なところに行き届いているのかなあという不安感もあったりするし。
そんなことをいいつつも、その一方で、僕らがやっている笑いそのものが世間への”寄付”、というか世の中への貢献だろうという、横柄な気持ちもぼくの中にある。


↑(引用ここまで)
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…『あんまり寄付ばっかりしていると、いつまでも税金の無駄遣いがなくならないんじゃないかという気がするのだ』。
寄付(ボランティア)と政治については、私も松本氏と同じようなことを考えます。


大きな震災があったときなんかに、「ボランティアはすぐに動き出して必要な物資を寄付したり現地へ向かったりしたけど、政府はいったい何をやっているんだ!」みたいな報道を耳にすることがありますが、本来は、ボランティアに頼らなくてもいいくらいに「福祉」や「救急」が整備されていなくてはいけないと思うのです。
だって、「ボランティア」はあくまで「ボランタリー = 自ら、自発的に」動く人たちの集まりなんですから。
「ボランティアなくしては、今回の復旧はありえなかった」みたいな英雄視は、一見ドラマチックに見えますが、それは本末転倒なんだという視点を忘れてはいけないと思います。


…日本は北欧のように、福祉・医療・救急のほぼ100%が税金で賄われる国を目指すべきなのでしょうか?
ただ、そういった国々の消費税率がバカ高いことはよく知られていますが、その一方で、その課税対象が日本とは違い生活必需品には一切かけられていないという事実がまるで報道されないことにも私は不満を感じてしまいます。。
松本氏が『最低限のことは知っておこうと思う』と言うように(選挙に行かないのは賛同しかねますが)、勉強もロクにしないで政治家の文句なんかを平気で口にする大人にはなりたくないものです。


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