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↓『哲学』(島田紳助・松本人志著、幻冬舎、2003)より引用(19:松本)


紳助さんの笑いの本質を、一口で説明するのはすごく難しい。
強いていうなら、あの人の笑いは聴覚に訴える笑いだと思う。
耳で聞く笑いだ。
芸人には、たとえば古い話をすればエノケンさんのように動きで笑わす視覚芸人と、喋り倒して笑わす聴覚芸人がいるが、紳助さんはまさしく聴覚芸人代表だ。
だから、これは誤解を受けそうないい方だけど、紳助さんの喋りはラジオで聞くのがいちばんおもしろいと思う。しかも深夜のなんでもアリの時間帯に。
ラジオというものは、目で見ることで変に邪魔されずに、聴覚を経由して直接脳に訴えるものだから、いちばんその世界に入り込めるメディアなのだ。
夜中に布団に入って、イヤホンでも使ってあの人がラジオで喋ってるのを聞くのが、紳助さんの持ち味を100パーセント味わうための最高の方法だ。
そんな番組がもしあったとしたら、それを聞くことは僕にとって究極の楽しみになるだろう。


では僕はどういう芸人かというと、僕も基本は視覚芸人ではない、聴覚の芸人だ。
ただここからが、うまく表現するのが難しいのだが、僕の笑いというのは耳で聞いてから、聞いたことをいっぺん頭の中で絵に思い浮かべて笑う、という性質のものなのだ。
内面的な視覚というか、想像力に訴える笑いというか。
だから僕の話は、聞いた人が頭の中で絵を描いてくれないと、笑えない。
聴覚に直接訴えるインパクトのある笑いか、聴覚経由で想像力に訴えるというまだるっこしい笑いか、それが紳助さんと僕との違いということになる。
そして、その違いこそが、二人のどえらい才能ってやつなのだ。


↑(引用ここまで)
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…視覚芸人と聴覚芸人。
私の好みも、私がふだん心がけているトークも、間違いなく「聴覚芸人」の方だと、私を知っている方はおわかりいただけると思います。


紳助氏の、笑いの基礎を熟知した上での、時事と発想を掛け合わせたトーク。そして時にはまじめな話もできる人間としての深み。


松本氏の、一回絵ヅラを頭の中で想像させてから笑わせるという、超高度な技術。


私にとって、この著書のもととなった『松本紳助』という番組は、最高に楽しめるエンターテインメントであり、教材でした。
いつだったか、『松本紳助』や『ガキの使いやあらへんで!』等をビデオに録りため、その中のおもしろい部分をを一生懸命編集して、私にとってベストな作品を作り、何度も何度も見返している私を見て、妹に「これは娯楽というより、もう教科書だね」と言われたことを思い出します。
この笑いの取り方はどんなパターンなのか、ふだんの自分のトークにどう生かせるか、そんなことばかり考えてテレビやラジオの番組にかじりついていた気がします。
そしてそれは今でも変わっていません。
日々の会話の中で、「自分は試されている」という勝手なプレッシャーを自らに課し、トーク技術を磨く気持ちの悪い(?)私でございます。。


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