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↓『哲学』(島田紳助・松本人志著、幻冬舎、2003)より引用(12:松本)


昔は、ファッション的にも周りに迎合していた時期もある。
ちゃんと漫才師っぽい衣装を着て、それなりの髪型をしてた。
あの頃は子供だったから、それでいい。
僕にいわせれば、半人前のうちから、主張をしてはいかんと思う。
半人前に、自己主張する権利はない。


↑(引用ここまで)
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…『半人前に、自己主張する権利はない』。
本当に、そう思います。
「【哲学】076:”自分勝手な国”日本」に紳助氏のこんな文章を紹介しました。↓


自由というものをはき違えて、日本人はアメリカ人から教わった。
自由ということを、我々は自分勝手と思ったのだ。
その昔、日本に自由はなかった。自由な思想や、自由に考えるということはなかった。だからこれからは自由だといわれたときに、何をやってもいいと勘違いした。
自由というのは心の問題であって、自分勝手に行動しなさいということではない。自分に責任を持たなければ、この社会で自由なんて享受できるわけがない。
それをはき違えてしまった。俺は自由だ。権利がある。他人にとやかくいわれることは何もないんだって。それぞれに責任を負った人間が、みんなで支えてこそはじめて自由な社会が保たれるというのに。
そうでなければ、自由なんてただの絵に描いた餅なのに。
責任を負えない者に享受できる自由なんてない、ということを誰も考えない。
子供に自由なんてないのだ、本来は。それを親までが勘違いして、子供を放ったらかしにして好き勝手にさせているだけなのに、「ウチは自由にさせてる」なんていってしまう。


…子供に自由なんて、ない。
私も、「家賃も光熱費も払えないガキが生意気言うな」と育ててもらったから、日々感謝して生きる、今の自分があるのだと思っています。
半人前が、自由だの権利だの主張する資格などないと、思っています。

…こういう意識を持って自分を戒められる人間こそが、「一人前」「大人」なんやないかなあと、思う今日この頃です。。


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