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↓『哲学』(島田紳助・松本人志著、幻冬舎、2003)より引用(03)


友達同士は助け合わない、ということを教えてくれたのも友達だ。
昔のことだが、ある友達が商売でピンチに陥って、かなりの金の段取りがつかなくなったことがある。でも、そいつは僕らに金を貸してくれとは決していわなかった。
「ちょっとヤバイんや。あと二、三ヵ月が勝負やわ。危なくなったら、悪いけどしばらく山に逃げるから。そのかわり、帰ってきたらまた遊んでくれよ。俺は、お前らに金借りたりせえへんから」というのだ。
「僕らに借りないで、誰泣かすねん」って聞いたら、こう答える。
「いや、それは取引先や。それはしゃあない、商売上のことやから。むこうも儲かったことあるし、儲かると思ってやってきてんやから。みんなそれなりのリスク負ってやってはるのやし、取引上のことやから。でも、お前らには借りんから、戻ってきたらまた遊んでくれよ」って。
結局は、なんとか乗り切って、隠れずにすんだが、このときのあの男の姿は立派だったとつくづく感心した。


こういう奴もいた。身内が病気になって、莫大な治療費をサラ金や親戚から借金したけど、やはり友達である僕らからは決して借りようとしなかった。
「そういう場合じゃないんだから、貸すから」って、僕らがどれだけいっても、「お前らはあかん。友達からは借りられない。友達じゃない奴から借りるんだ」といい続けた。
どうしてだって聞くと、そいつはこんなことをいった。
「俺は借りた金は返す。絶対に、返す。でも返す自信はあっても、明日事故で死んでしまうかもしれない。そのとき、他の人ならいい、俺のことボロクソいうても。でも、お前らいうたらあかんねん、友達なんやから」
そうはいっても最悪のときは来いよっていったのだが、「うん、気持ちだけ貰っとく」っていって、絶対に来なかった。
「僕らだって博打の金やったら貸さへん。でも病気はしょうがないやろ。みんなから香典集めて、その香典ということで先渡すわ。それで五年経って生きてたら返してくれや。そういう形なら受け取れるやろ」とまでいったのに、受け取らなかった。


そんなことがあった後、金を貸してくれっていってくる人もいた。悪いけど僕はその人のことを友達だとは思っていなかった。内心「あいつがしんどかったとき、金を貸せなかったのに、お前に貸せるかい」と思った。
友達はいろんなことを教えてくれる。


↑(引用ここまで)
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…私がまだ学生だったとき、「○○さんが妊娠しちゃったから、カンパしてほしいんだけど」と、そんなに仲良くなかった子から連絡がありました。
その頃私はだいぶ羽振りが良かったこともあって、その噂を聞きつけての連絡だったようです。
どうしていいものが迷っていると、父が私に言ってくれた。


「金は人間関係を壊すぞ。その子が直接おまえに連絡してこないのも、仲間内だけでお金をなんとかしようとしてるのも、みんな、『恥をかかないため』だろう。自分の失敗をなんとかごまかそうとしているからだろう。それじゃあダメだ。その子は、ちゃんと親と一緒に『恥をかいて』、親戚やら近所の人やらの目にちゃんと晒されなきゃいけない。それだけのことをしたんだということを、きちんと学ばなければいけない。」


父は、こうも続けました。
「その子やその友達は、金があるのに出さないおまえを『冷たい』と思うだろう。かまわない。思わせておけばいい。でも、ここでおまえがそう思われたくなくて金を出してしまったら、その子に自分でケツを拭かせる機会を奪ってしまうことになるんだ。いいか。仲がいい奴であればあるほどそうだ。自分のしたことの責任を自分で処理するチャンスをおまえが奪っちゃイカンということを、よーく覚えておけ。」


…いまだにそのときの父の説得力のある言葉は忘れられません。
後日、その子にはお断りの電話を入れたのですが、私の言いたいことは、伝わりませんでした。
悲しくもありましたが、伝わらなくても仕方ないかな、と思えるくらいの仲でしかなかったのだと思います。


でも、私はそれ以来、お金や物の貸し借りには、敏感になりました。
できるだけ、借りないように努める。どうしても借りなければならないときは、早めに、謝礼をつけて、必ず返す。
貸したときは、あげたつもりで貸す。もし信用を裏切られても、返ってこなくてもいい、と思って貸す。それは、「人を見る目がなかったんだな」と、学習することにもなるから。


私が学んだことは、人間関係を築いていくうえでの、美意識。
それは、人を見る目を養うということでもある、とも思うのです。


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