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↓『哲学』(島田紳助・松本人志著、幻冬舎、2003)より引用(01)
僕は、一人が寂しい。仕事でもそうだ。スタートが漫才でよかった、二人だから。落語は一人だから、なんか寂しいだろうなあと思ってしまう。
僕は家族でも、友達でも、常に誰かと一緒に楽しみたいのだ。
何かうまくいったときに、それを家族に話せるのが嬉しい。
料理をするのが好きなのも、それだ。自分で食べたいから作るわけじゃない。人に作ってあげて、「うまい」ってテーブルを囲んで喜んでもらえるのが、メチャクチャ嬉しいのだ。
だから、美食家でもなんでもない。一人でうまいものを食べにいったりも絶対しない。家族や友達が喜ぶ顔を見たいから作る。
この間、東京のマンションで、一人でしゃぶしゃぶをしたときには「こりゃコントかい!」って一人ボケツッコミをしていた。
鷲づかみにした野菜を鍋に入れたときにふと気づく。
「まてよ、これ全部自分が食べなきゃあかんやないか」
むやみに入れてはいけないなあと反省しながら、ちょぼちょぼ入れる僕がいる。
腹一杯になっても、肉はまだうんざりするくらいある。
残しちゃいかんと思いつつ、我慢して食べる。
「俺はいったい何をやっとんのや……」
あれは、きつかった。
やっぱり、なんでも一人はいけない。
↑(引用ここまで)
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…私も、ひとりで食事には、よう行けません。
誰かと一緒でないと、注文してから料理が届くまでの間に、泣いて店を飛び出してしまいそうです(泣)。
だから、誰とも会わない夜は、ひとりでこうしてパソコンの前に向かいながら、カロリーコントロールのためのビスケットや玄米雑炊やツナ缶だけを食べて、お水をガブ飲みして、十時には寝ちゃいます。
…『常に誰かと一緒に楽しみたい』。
そんな紳助さんに、まったく同感です。
何かおもしろいことや感動したことがあったら、ツレに真っ先に連絡します。
そしてできれば、そんなときは一緒にいたい、とも思います。
だから、どこへ行くにも、何を食べに行くにも、録りためた好きなテレビ番組を家で見るときも、誰かと一緒に過ごすことにしています。共有したい仲間や恋人と、一緒に。
ここ数年、「楽しい遊び」といえば、もっぱら家で仲間と「カレー作り(20人前)」とか「たこやき・やきそば・鉄板焼き大会」です。美味しいレストランに行くよりも、どこか遠くへ出かけるよりも、何よりも贅沢な「遊び」だなあと、私はつくづく思います。
くだらない話をしながら、野菜の皮をむいたり、肉を炒めたり。
作業をしながら、時間を共有できることが、いい。
至福の時です。
ふと、「もう、いつ死んでもええわ」なんて思ったりすることも、あります。
満たされてるなあ、って。
こんな素敵な仲間たちに囲まれて、自分はなんて幸せなんやろう、って。
そんなとき私は、私を育ててくれたいろんな人たちに「ありがとう」って言いたくなります。
仲間たちとバカやりながら、そんなことばかりが浮かんできてしまって、泣きそうになったりすることが、よくあります。
…歳とったからかなあ。
…そんなん、ちょっと気持ち悪いですよね。
紳助さんのこの話を読んでいたら、ふとそんな自分を、思い出しました。
みなさんは、大切な仲間や家族と、どんな時を過ごしていますか?
